平成24年 1月31日 横浜地裁 判決

裁判年月日 平成24年 1月31日 裁判所名 横浜地裁 裁判区分 判決

事件番号 平21(ワ)4065号
事件名 損害賠償請求事件
裁判結果 一部認容、一部棄却 上訴等 控訴 
別紙当事者目録(原告)記載の住所のとおり 
原告  別紙当事者(原告)目録記載の氏名のとおり 
   (ただし,番号23の原告●●●の「○○」を「△△」に改める。) 
同訴訟代理人弁護士  吉岡和弘 
同  河合敏男 
同  谷合周三 
同  千葉晃平 
同  南淵聡 
同  山田いずみ 
同訴訟復代理人弁護士  城田孝子 
横浜市〈以下省略〉 
被告  Y市 
同代表者市長  A 
同訴訟代理人弁護士  川島清嘉 
同  中村真由美 
東京都港区〈以下省略〉 
被告  NR株式会社 
同代表者代表取締役  B 
同訴訟代理人弁護士  梅沢良雄 
同  谷田部尚 
東京都大田区〈以下省略〉 
被告  有限会社S建築設計事務所 
同代表者取締役  Y1 
東京都大田区〈以下省略〉 
被告  Y1 
上記2名訴訟代理人弁護士  成毛由和 

主文

 1 被告NR株式会社,被告有限会社S建築設計事務所及び被告Y1は,連帯して,別紙損害金目録4の「原告氏名」欄記載の各原告に対し,それぞれ,同目録の「損害額」欄記載の各金員及びこれに対する同目録の「遅延損害金起算日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告らの被告HR株式会社,被告有限会社S建築設計事務所及び被告Y1に対するその余の請求並びに被告Y市に対する請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用は,原告ら,被告NR株式会社,被告有限会社S建築設計事務所及び被告Y1に生じた各費用の100分の2と,被告Y市に生じた費用のすべてを原告らの負担とし,その余を被告NR株式会社,被告有限会社S建築設計事務所及び被告Y1の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。 
 

事実及び理由

第1 請求
 被告らは,連帯して,別紙当事者目録(原告)記載の各原告に対し,それぞれ別紙損害金目録1及び2の「損害合計」欄記載の各金員及びこれらに対するこれらの目録の「引渡日」欄記載の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,分譲マンション「aマンション」の各区分所有権を購入した原告らが,建築基準法上の指定確認検査機関として同マンションの建築確認を行った被告NR株式会社(以下「被告NR」という。)に対し,被告NRが構造計算書の過誤を指摘し,その訂正を求めたにもかかわらず,これを受けてされた訂正方法が適切であったかどうか確認しないまま建築確認をしたことなどの過失があるとして,損害賠償を請求するとともに,被告Y市も被告NRが行った建築確認について責任を負うとして,被告Y市に対し,国家賠償法(以下「国賠法」という。)1条1項に基づき,損害賠償を請求し,また,同マンションについて設計及び工事監理業務を受託した被告有限会社S建築設計事務所(受託当時は株式会社S建築設計事務所。以下「被告S事務所」という。)に対して,民法715条1項,会社法350条(原告らは,平成17年法律第87号による改正前の商法[以下「旧商法」という。]261条3項,78条2項が準用する平成18年法律第50号による改正前の民法44条1項に基づく請求をするが,会社法350条は,同法施行前に生じた事項にも適用されるので,会社法350条に基づく請求と解する[最高裁平成21年7月9日裁判集民事231号241頁参照])に基づく損害賠償を請求し,被告S事務所の代表者である被告Y1(以下「被告Y1」という。)に対し,不法行為及び旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償を請求する事案である。
 1 前提となる事実(争いのない事実,掲記証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
  (1)ア 株式会社H(以下「H」という。)は,K建設株式会社に対し,別紙物件目録(ただし,同目録の所在地住所の「1-8」の後に「,1-7」を加える。)記載のマンション「aマンション」(以下「本件マンション」という。)の新築工事を発注した。
   イ 被告S事務所(代表者・被告Y1)は,本件マンションの設計監理業務全般を受託し,平成14年7月,設計のうち構造設計を,株式会社T構造計画研究所(以下「T研究所」という。)に依頼した。
   ウ T研究所の従業員のC(以下「C」という。)は,構造計算ソフト(一次設計につき「Super Build SS1(改)」,二次設計につき「Super Build US2」)を用いて構造計算を行い,構造計算書を作成した(甲18,丙3の2・3)。
  (2)ア 被告S事務所は,Hの代理人兼設計者として,平成14年10月2日,建築基準法の規定により指定を受けた指定確認検査機関である被告NRに対し,上記構造計算書を提出して建築確認の申請を行った(乙4,丁4)。
   イ 被告NRの従業員であったD(以下「D」という。)は,平成14年11月1日,上記申請について,本件マンションの建築確認済証を交付した(乙4)。
   ウ Y市長は,本件マンションの建築確認について,建築基準法が定める特定行政庁である。被告NRは,平成14年11月8日,Y市長に対し,平成18年法律第92号による改正前の建築基準法(以下「旧建築基準法」という。)6条の2第3項に基づく報告書を提出した(乙4)。
  (3) 原告らは,それぞれ,Hから,本件マンションの区分所有権を購入し,別紙損害金目録3の「引渡日」欄記載の日に引渡しを受けた(甲32の1~37)。
  (4) 本件マンションには,下記のとおり,耐震強度が不足している瑕疵がある(以下「本件耐震強度不足」という。)。
   ア 建築基準法は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めている(同法1条)ところ,旧建築基準法20条は,「建築物は,自重,積載荷重,積雪,風圧,土圧及び水圧並びに地震その他の震動及び衝撃に対して安全な構造のものとして,次に定める基準に適合するものでなければならない。」と規定して,同条各号において,その有すべき構造耐力の基準を設けている。そして,同条2号は,「政令で定める基準に従つた構造計算によつて確かめられる安全性を有すること。」と規定して,具体的な構造計算の計算方法を建築基準法施行令に委任している。
 上記委任を受けた平成19年政令第49号による改正前の建築基準法施行令(以下「旧建築基準法施行令」という。)82条の4によると,耐震強度を示す保有水平耐力の比率(保有水平耐力[Qu]を必要保有水平耐力[Qun]で除した数値。以下,この比率を示すときには「Qu/Qun」と表記する。)は1以上でなければならない。
   イ 本件マンションのQu/Qunの最小値は,0.64であり,1を下回っている(丙10の2・178頁)。そのため,本件マンションは,大地震の時に,損傷,倒壊する危険性がある(甲2,12,26)。
  (5) Cが作成した構造計算書(丙3の3)には,手書きで修正をした箇所がある。
 同構造計算書の105頁などには,耐力壁の終局せん断耐力の安全率(耐力壁にせん断破壊するおそれがあるかどうかを左右する数値[甲19]。以下「本件安全率」という。)が1を下回っている旨が記載されている。
 2 争点
 本件の争点は,次のとおりである。
  (1) 争点(1)
 被告NRの従業員であったDがCに対して,構造計算書に記載されている本件安全率の数値が1を下回っており,これを是正するよう指示をしたかどうかなど,上記1(5)の手書き修正に関連して,Dが本件マンションの強度不足及びそれに関連する事項を指摘したかどうか及び被告NRが不法行為責任を負うかどうか。
  (2) 争点(2)
 被告NRが行った建築確認について,被告Y市は,国賠法上の責任を負うかどうか。
  (3) 争点(3)
 K建設株式会社から設計を依頼され,意匠設計を行った被告S事務所及びその代表者である被告Y1は,T研究所が行った構造計算について,責任を負うかどうか。
  (4) 争点(4)
 原告らの損害
 3 当事者の主張
  (1) 争点(1)
 (原告らの主張)
   ア Dの指摘について
 被告NRの構造審査担当者であったDは,T研究所から提出された構造計算書(丙3の3)に,見かけ上はQu/Qunが1以上であるとの要件を満たしていたものの,必要保有水平耐力の計算の前提となる本件安全率が1を下回るにもかかわらずこれが1以上であるとの条件下で必要保有水平耐力が計算されている不備があることを発見した。
 そこで,Dは,本件安全率が許容値を満たしていない事実を告知し,構造計算の訂正を求めた。
   イ Cの修正
 Cは,Dの指摘を受けて,本件安全率の数値の逆数倍に鉄筋量を増やすことで本件安全率を1にすることができるとの思考に基づき,構造計算書の該当頁をコピーしてこれに鉄筋量を増やす手書きの修正(以下「本件手書き修正」という。)を加えた上で,これを被告NRに追加提出した。
 しかし,本件手書き修正の内容は,構造力学の一般知見に反するものであり,明らかに誤っている。
 本件安全率は,鉄筋量のみならず,コンクリート強度による強度や軸方向力による強度などを総合して算出されるから,鉄筋量のみを増やしたとしても,本件安全率が1になることはない。
   ウ Dの対応
 Dは,本件手書き修正がされた構造計算書の提出を受けたが,上記誤りを看過し,同修正で間違いがない旨を回答した。
   エ 被告NRの責任
 (ア) Dは,Cに対し,鉄筋量を増やせばいいなどの誤った修正方法を教授したというべきであり,過失がある。
 (イ) 仮に,Dが上記のような具体的な修正方法まで指示したと認められないとしても,本件においては,当初提出された構造計算書が,Dの指摘に基づき,後から手書きで修正されているのであるから,Dは,その手書き修正の正当性について確認すべき義務を負っていた。Dはその義務を怠ったから,過失がある。詳細は次のとおりである。
  a 本件マンションの一次設計に使用された構造計算プログラムは,国土交通大臣の認定を受けたいわゆる認定プログラムであるが,図書省略制度(確認申請手続の簡素化を目的として,いわゆる認定プログラムを使用し,認定証の交付を受けて,申請するなどの一定の条件を具備した場合に限り,構造計算書における中間の計算過程の出力部分の提出を省略できるとした制度)は使われていない。したがって,計算過程も含めたすべての計算書が提出されなければならない。しかるに,本件において,被告NRに提出された一次設計の構造計算書(丙3の2)には,「PAGE-10」と表示されたフレーム図に手書き修正を加えたものが挿入され,計算書の10頁が2枚入っており,かつ,いずれの印字内容も異なっている。そうすると,同プログラムは一貫構造計算プログラムであるが,上記10頁の挿入により,一貫計算がされていないことは明らかであり,その上,最終頁の終了メッセージは,上記挿入がされる以前の構造計算の結果を表示しているから,上記挿入の内容を考慮すると,どのような構造計算の結果となるのかは確認できない状態となっている。
 また,同一次設計について再計算した結果,耐震壁で水平せん断力が許容水平せん断力を超えている場所があるとのエラーメッセージが出力され,中地震時に低層階の耐力壁が損傷を受ける危険があることが判明した。ここで一次設計の構造計算書(丙3の2)には,耐力壁の出力が抜けているから,正にこの耐力壁部分において,上記エラーメッセージにかかる構造欠陥が存在しているものと解される。したがって,被告NRは,当然確認しなければならない耐力壁のせん断力について,まったく確認をしていないといえる。
 以上から,被告NRには,一次設計において,この重要な構造耐力確認を怠った過失があるということができる。
  b 本件マンションの二次設計に使用された構造計算プログラムも,いわゆる認定プログラムである。認定プログラムの場合,大臣認定に沿った適用範囲で計算が行われると,少なくとも終了メッセージが表示され,かつ,計算書全頁のヘッダーに認定番号及び性能評価番号が表示される。しかし,本件における二次設計の構造計算書(丙3の3)には,認定番号や性能評価番号が印字されていない。また,終了メッセージの頁が欠落しているほか,目次も存在せず,かつ,手書き修正の頁が挿入され,頁数が重複している箇所がある。
 Dは,上記アのとおり,本件安全率が1を下回っていることに気が付き,その是正方法を要求しているのであって,これを受けて,Cは,計算書の中の該当頁(丙3の3の105~108,110,112,190~193頁)をコピーし,これに本件手書き修正を施して,被告NRに提出したのであって,上記手書き修正の頁が挿入されているのは,まさに,Cが提出した計算書の頁そのものであるといえる。そして,被告NRは,本件手書き修正が単純かつ大きな誤りであることに気がつかず,そのまま確認を通してしまったのである。
 上記二次設計の構造計算プログラムも一貫構造計算プログラムであるから,途中で手書き修正を加えた場合,再度計算をし直さなければ,最終的に出力される結果が許容されるものであるかどうか判明しない。したがって,Dとしては,再度,構造計算を行わなければならないのであって,これを怠った以上,過失があるというべきである。
 (ウ) 以上から,被告NRは,その従業員であったDの過失に基づく不法行為責任を負う。
 (被告NRの主張)
   ア Dは,建築確認審査の業務に際し,Cに対し,指導や修正指示を行っていないこと
 (ア) 建築確認は裁量権のない羈束行為であって,指導することは不適切であり,とりわけ,指定確認検査機関である被告NRは,建築確認審査の際に指導してはいけないとの教育を徹底していた。
 (イ) 本件の建築確認申請当時,二次設計においては,旧建築基準法施行令82条の4により,Qu/Qunの数値が1以上であることのみが法令上の基準であったから,被告NRにおいても,その点のみを審査すればよいのであって,本件安全率の数値など,原告らが主張するそれ以外の数値は,審査対象に含まれていない。したがって,そのような点について,被告NRが指導や指摘などを行うことはない。Qu/Qunの数値の審査は,入力条件と計算結果のみ確認すれば足りるところ,被告NRは,この2点について適切に確認を行っている。
 (ウ) 被告NRに提出された構造計算書(丙3の3)には,何ら不自然な点はない。
 原告らは,構造計算書のすべての頁を提出すべき義務があると主張するが,法的根拠がない。
 (エ) 構造計算書に手書きで修正を書き加えること自体は何ら珍しいものではなく,日常的に行われていた。
 本件手書き修正は,被告NRの担当者の指摘に基づき,行われたものではなく,Cが自己の判断で行ったものである。Cは,当初から本件手書き修正がされた後の構造計算書を被告NRに提出していた蓋然性が高い。
 (オ) Dは,建築確認の審査業務を行う上で,気になった点や必要と考えた点を手控えにすべて記載していた。したがって,本件において,「指摘して修正させた」という重大な事実があるとすれば,その旨が手控えに記載されているはずである。しかるに,そのような手控えは存在しない。
 (カ) 本件手書き修正は,本件安全率の逆数倍に鉄筋量を増加させれば,本件安全率が1以上となるという明らかに誤った修正であって,そのような間違いを専門家である被告NRの担当者が行うはずがない。
   イ 構造計算プログラムの内容
 (ア) 建築確認審査の際に,構造計算プログラムの内部の計算過程までを審査する必要はない。そのような審査は,時間や効率性の点からみて非現実的である。
 (イ) 本件の構造計算の二次設計で用いられた構造計算ソフト「Super Build US2」は,「US2-改訂版」であって,いわゆる大臣指定プログラムであり,構造設計者に広く利用され,十分信用に値するものであった。したがって,計算過程を逐一確認する義務はない。
   ウ 手書き修正が加えられていても,Qu/Qunの数値が改善されたかを確認する義務はないこと
 (ア) 本件安全率は,解析終了後に,解析終了時点のM(曲げモーメント)とQ(せん断力)の実数を用いて計算されたものであり,仮定数値を用いて一連計算がなされるQu/Qunの計算過程とは全く関係がない数値である。そのため,他の構造計算プログラムでは,表示すらされない。
 (イ) Qu/Qunの数値の審査は,入力条件と計算結果のみ確認すれば足りるところ,その2点について,被告NRは構造計算書上問題がないことを確認しているから,本件安全率の数値を確認する必要はない。
 (ウ) 以上からすると,本件手書き修正をもって,本件安全率の数値やQu/Qunの数値が改善されたかどうかを確認すべき義務が生じるとはいえない。
   エ 以上から,被告NRにおいて,Qu/Qunの数値の改善を確認する義務があるとはいえず,これを怠った過失はない。
  (2) 争点(2)
 (原告らの主張)
   ア 指定確認検査機関の創設
 指定確認検査機関は,平成10年に建築基準法が改正されたことによって制度化され,その改正において,建築確認が建築主事だけではなく指定確認検査機関によっても行うことが可能となった。指定確認検査機関は,建築確認件数の増加と建築安全性確保の要求を満たすために,本来,建築主事が行うべき建築確認を行政の監督のもとで民間機関にも行わせようとして創設されたものであり,いわば行政の伸びた手の性質を有している。
   イ 指定確認検査機関が行う建築確認の性質
 (ア) 高度の公共性
 建築基準法の目的は,「建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定めて,国民の生命,健康及び財産の保護を図り,もつて公共の福祉の増進に資すること」(建築基準法1条)にあり,建築確認は,高度に公共性を有するものである。
 そのため,建築確認を行う主体としては,本来,営利を目的とする営利団体ではなく,住民の生命,健康及び財産の保護等住民の福祉の増進を図る役割を広く担う地方公共団体がふさわしい。確かに,指定確認検査機関は営利追求を目的とする民間機関であるが,それは,建築主事の数が足りなかったことから民間機関にも行わせるようにしたものであって,建築確認の性質上民間に行わせることがふさわしかったからではない。
 (イ) 「みなす」という文言
 建築確認は,そもそも建築主事の事務であるところ,旧建築基準法6条の2によって,指定確認検査機関による確認及び確認済証は,建築主事の確認及び確認済証とみなすと定め(同条1項),指定確認検査機関が行う建築確認であっても,建築確認は建築主事の事務であることを明らかにしている。
 (ウ) 特定行政庁による監督
 特定行政庁は,指定確認検査機関から報告を受け(旧建築基準法6条の2第3項),建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認めるときは,建築主・指定確認検査機関にその旨を通知し,通知した場合は当該確認済証はその効力を失う(同条4項)。また,その場合に,特定行政庁は,必要な場合,違反是正命令等の措置を講ずるものとされている(同条5項)。さらに,特定行政庁は,指定確認検査機関に対し,建築物の構造等に関する工事の計画若しくは施行の状況に関する報告を求めることができる(旧建築基準法12条3項)。
 このように,建築基準法は,特定行政庁に対し,指定確認検査機関の確認を是正する権限を付与している。
 現に,Y市長は,実際に,平成17年12月14日に被告NRに対して,旧建築基準法12条3項に基づいて報告を求め,同月25日に被告NRから報告を受けている。このことからも,Y市長が被告NRに対して監督権限を有していたことは明らかである。
 (エ) 平成18年改正後の建築基準法令
 平成18年法律第92号による改正後の建築基準法77条の20第3号及び建築基準法に基づく指定資格検定機関等に関する省令17条は,指定確認検査機関が損害賠償責任を負う場合の責任財産の確保を目的とする規定であるが,同省令17条には,国賠法の規定により当該確認検査に係る建築物又は工作物について建築基準法6条1項の規定による確認をする権限を有する建築主事が置かれた市町村又は都道府県が当該損害の賠償の責めに任ずる場合における求償に応ずる責任を含むとの規定がある。これは正に指定確認検査機関が行う建築確認について特定行政庁が責任を負う場合を想定したものである。
 これらの規定からして,平成18年改正後の建築基準法関連規定においても,指定確認検査機関の建築確認においては特定行政庁が責任を負うことが前提とされている。
   ウ 以上のように,指定確認検査機関の建築確認は,その事務の性質上,高度の公共性を有し,さらに特定行政庁の監督を受け,建築基準法上も建築主事の建築確認とみなされていることから,被告横浜市に帰属し,国賠法上の責任も被告横浜市が負担すべきである。
 その場合であっても,被告横浜市の国賠法上の責任と被告NRの不法行為責任とは理論上両立するから,被告NRも損害賠償責任を負う。
 なお,被告NRは,平成14年9月24日,国土交通省から立入検査を受け,同年10月4日,確認検査員の資格を有しない者が現場検査を実施していたことを理由として業務停止処分を受けている。被告Y市としては,上記事実を認識していたのであるから,本件においても,適切な監督権限を行使していれば,原告らの損害を防ぐことができた。
 (被告Y市の主張)
   ア 建築基準法における指定確認検査機関の位置づけ
 (ア) 指定確認検査機関が行う建築確認等においては,設計図書等の審査対象書類はすべて同機関に提出され,指定確認検査機関が自らの判断において,申請に係る建築計画が建築基準関係規定に適合していることの確認や確認済証の交付を行う。指定確認検査機関が行う確認や確認済証の交付には,建築主事や特定行政庁は一切関与しない。また,指定確認検査機関による確認に係る業務は,それ自体として完結する一連の手続であって,建築主事や特定行政庁が行う事務の一部を指定確認検査機関が担当するというような性質のものではない。そのため,指定確認検査機関は,確認検査を行うときは,建築基準適合判定資格者検定に合格した確認検査員にこれを実施させることを義務付けている(建築基準法77条の24第1項及び第2項)。
 (イ) 指定確認検査機関が確認済証を交付した場合,指定確認検査機関には,省令で定める書類を添えて特定行政庁に報告する義務が生じる(旧建築基準法6条の2第3項)が,その報告には,確認の対象となった設計図書等が提出されるわけではなく,建築計画概要書が提出されるだけである。本件確認申請においても,被告横浜市が被告NRから提出を受けた文書(乙4~7)には,本件訴訟で問題とされている構造計算書は添付されていない。
 したがって,報告を受けた特定行政庁において指定確認検査機関による確認についての過誤が判明するのは,建築計画概要書の記載自体から明らかになる用途地域等の誤りのような単純な過誤に限られ,例えば本件のような構造計算等の誤りの場合には,特定行政庁においては確認に過誤があることは判明しない。
 (ウ) 指定確認検査機関に確認検査処分の権限を付与し,又はその権限を剥奪することができるのは,都道府県知事ないし国土交通大臣であり(建築基準法77条の35),建築主事の置かれた特定行政庁ではない。
 (エ) 以上のように,建築基準法上,指定確認検査機関は,特定行政庁からは独立して独自に事務を行う機関として位置づけられているのであって,指定確認検査機関が独自の権能に基づいて建築確認等の事務に従事していることは明らかである。
   イ 建築基準法の規定およびその改正経緯について
 (ア) 平成10年に建築基準法が一部改正され,指定確認検査機関の制度が導入された趣旨は,建築物の大規模化,複雑化,その量の増大化により建築確認事務等の負担が増大しているが,地方公共団体の執行体制の現状からすると,建築物の安全確保のために建築確認事務等を効率的に実現することが困難であるため,建築規制の実効性確保のために,民間企業も建築確認事務を行うことができることとし,行政主体は,その「間接的コントロール」をするにとどめる制度が必要不可欠であったということにある。
 (イ) このような建築基準法の改正趣旨からは,指定確認検査制度は,建築確認等の事務の主体を地方公共団体から民間の指定確認検査機関に移行したものであって,それに伴い,その事務に過誤があった場合の責任主体も,指定確認検査機関に移行したものと考えるのが当然である。
 もし仮に,本件においても,国賠法1条1項が適用され,被告横浜市が責任主体とされたならば,被告NRのみならず,その従業員も,原告らに対し不法行為責任を負わないことになる。これは,民間に権限のみを与え,責任は官が負うという極めて不自然かつ無責任な状態になるといわざるを得ず,そもそもの民営化の趣旨にも合致しない。
   ウ 指定確認検査機関の経済的独立性
 指定確認検査機関は,財団法人及び株式会社等の法人であり,建築業や不動産業などの企業の出資により設立されたものも少なくなく,建築主事とは異なり,営利的な動機で,自らの責任において手数料を徴収し,確認等の事務を行っているものである。したがって,地方公共団体による予算的なコントロールが及ぶ余地もない。
 指定確認検査機関は,建築主との契約により,確認等を,自己の権限で自己の計算によって行っているものである。
   エ 責任保険による解決の可能性
 指定確認検査機関による公権力の行使によって第三者に損害を加えた場合の第三者の保護については,同機関の責任財産の確保や賠償責任保険への加入等によって解決されるべき問題であって,十分な根拠がないまま,第三者保護を理由として,特定行政庁に責任だけを負わせることはできない。
 この点について,指定確認検査機関制度を導入した旧建築基準法77条の20第3号では,指定確認検査機関が「経理的基礎」を有することを指定の要件とし,平成18年法92号による改正後の同号では同機関の有する財産の評価額が国土交通省令で定める額以上であることを指定の要件としている。
 これらの規定では,指定確認検査機関が確認検査業務の実施に当たり第三者に損害を加えた場合には,当該機関自らが国賠法に基づく責任を負担することを前提として,同機関が第三者に対する損害賠償責任の履行を確保するために必要な資産を有することを指定の要件としたものである。
  (3) 争点(3)
 (原告らの主張)
   ア 被告Y1の注意義務
 (ア) 建物の建築に携わる設計者は,契約関係にない建物利用者に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負う。そして,設計者がこの義務を怠ったために,建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより建物利用者の生命,身体又は財産が侵害された場合には,これによって生じた損害について不法行為による損害賠償責任を負う。
 本件建物の瑕疵は,建築基準法上の最低限必要な耐震強度を満たさないという,まさに「建物の基本的な安全性」に関わる瑕疵である。そして,被告Y1は,確認申請書に設計者として届け出られ,本件建物の統括的設計者として,自らの名義において構造設計図書を作成・提出している以上,同図書を確認する機会があったことは当然であり,同図書の瑕疵について最終的な責任を負うべき立場として,前記注意義務を負っていた。
 (イ) 旧建築基準法5条の4,建築士法3条,平成18年法律第92号による改正前の建築士法(以下「旧建築士法」という。)18条に基づく義務 旧建築基準法5条の4は,建物の設計及び工事監理について,意匠,構造,設備を区別することなく,すべてが国家資格の付与された「建築士」の独占業務と定めている。そして,本件建物は,同条1項及び建築士法3条に基づき,一級建築士でなければ設計又は工事監理をすることができない。被告Y1は,建物の設計に携わった一級建築士として,その業務を誠実に行い,建築物の質の向上に努めなければならず,本件建物を最低限の構造基準を定めた建築基準法に適合させる義務を負っていた。
 (ウ) 実際の建築現場においては,意匠と構造のすり合わせ作業が不可避的に行われていること
 大規模建築物の設計に際し,実際の設計業務が意匠,構造の各々の専門家により分担される場合でもあっても,1つの建物の設計作業に際しては,意匠設計担当者と構造設計担当者とが互いに協議しながら,全体において統一的な設計作業が進められていく。意匠サイドの要求を満たしつつ,構造上の安全性も保たれるようなよりよい建築物にしていくためには,このような協議・すり合わせ作業が不可避である。現に,被告Y1も,構造について変更が生じた局面で,構造の担当者と意思疎通を図りながら意匠の設計を進めていた。
 (エ) 意匠設計者にも,構造に関する基本的な知見が求められること
 一級建築士の資格は,意匠,構造,設備すべての設計の能力があることを前提として与えられる国家資格である。建築士の資格試験科目に「構造」が含まれていることからも分かるように,資格取得後,意匠を専門にする者であろうが,設備を専門にする者であろうが,基本的な構造の知識は,建築士の資格を有する以上,当然に備えていることが求められている。このことからも,Y1が意匠を専門としているからといって前記注意義務を否定する根拠にはなりえない。
 (オ) 被告Y1は,一級建築士かつ建築主から本件マンションの設計・監理を請け負った者として,本件マンションの設計を,意匠・構造の全体を含め,統括する立場にあった。
 (カ) 以上を踏まえると,建物設計の一般論としても意匠・構造は密接不可分であるということがいえるほか,本件マンションの設計に関しても,被告Y1は意匠・構造を含む設計の全体的統括者として,構造設計にも関与せざるを得ない立場にあったし,実際に関与していた。
 このような経緯を踏まえれば,被告Y1は,一級建築士として,本件マンションの建築に携わった者として,「建物の基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務」を負うのは当然であり,被告Y1が意匠を専門とする建築士であるからといって,同注意義務を免れることはできないというべきである。
   イ 被告Y1の義務違反
 (ア) 被告Y1は,本件マンションの確認申請に際し,自らを設計者として届け出たにもかかわらず,設計及びそれに付随する田中研究所や被告NRとのやり取り等の業務を,自らは何ら確認・決裁をすることなく,すべて被告S事務所の所員であるEに一任していた。
 (イ) 被告Y1は,本件マンションの確認申請に際し,自らを設計者として届け出たにもかかわらず,構造設計をT研究所に一任し,構造設計が適切に行われているかに関する最低限のチェックすら怠った。
 (ウ) 構造設計者は,このような統括責任者たる設計者の下請けもしくは手足として,全体の設計業務の一部を担当するに過ぎない。
 ましてや,本件では,構造計算書に手書修正がなされていること,手書き修正のある頁の重複など,通常の技能及び知識を有する一級建築士であれば,その専門とするところが意匠であるか構造であるかにかかわらず,その異常に気づき,最低限,構造設計者に質問・確認をすることが可能であった事案である。加えて,被告Y1は設計全体の統括者なのであるから,設計業務全体にわたり,より慎重な姿勢で臨むべきであった。
 このように,被告Y1が担当所員及び構造設計者への丸投げの姿勢により,最低限のチェックすら怠ったことは明確であり,被告Y1の注意義務違反は明らかである。
 したがって,被告Y1は不法行為責任を負う。
   ウ 被告Y1の旧商法上の責任
 被告Y1は,株式会社(本件建築当時)たる被告S事務所の代表取締役であり,本件マンションの設計は被告S事務所の業務でもある。被告S事務所は,Hから本件マンションの設計・工事監理を受託し,本件マンションの設計に関し構造も含め統一的な設計業務を行う立場にあった。そして,前記ア及びイによると,被告Y1が,委託先であるT研究所からあがってきた書面を,全くの無審査・無検討で使用する方針をもって,その業務を遂行していた事実は明らかであり,代表取締役である被告Y1の職務遂行について,委託先の業務にミスがあっても構わないとの未必の故意が存在することはもとより,少なくとも重過失があったことは明らかである。
 以上から,被告Y1は,原告らに対し,旧商法266条の3第1項に基づく損害賠償責任を負う。
   エ 被告S事務所の責任
 被告S事務所は,同事務所に所属する一級建築士である被告Y1を使用し,また,構造設計者としてT研究所を使って設計事業を行い,被告Y1は,被告S事務所の事業の執行について不法行為を行い,原告らに損害を与えたのであるから,被告S事務所は,原告らに対し,使用者責任を負う。
 また,被告Y1は,株式会社(本件建築当時)たる被告S事務所の代表取締役でもあり,被告Y1が職務を行うにつき原告らに損害を与えたのであるから,被告S事務所は,原告らに対し,会社法350条に基づく責任も負う。
 (被告S事務所及び被告Y1の主張)
   ア 本件マンションのような大規模建築については高度な構造計算が必要であり,意匠,構造及び設備の各専門分野の技術を持つ設計者の共働で行われるのが一般的である。被告Y1は,意匠設計の専門家であって,構造については詳しい知見を有していない。そのため,構造設計については,T研究所に依頼している。意匠設計と構造設計とは専門が異なるから,被告Y1が,構造計算の瑕疵についての責任を負うことは,現実に反し不当である。
   イ 意匠設計者としての注意義務の前提としての構造計算書の確認範囲は,意匠設計として限定される。意匠設計者がなすべき構造計算書の確認範囲としては,設計全体の整合性,構造計算書の前提としての入力データが意匠等の設計内容を踏まえた正当なものであること及び構造計算の結果に問題がないことを確認することをもって足り,構造計算の過程に立ち入っての確認までは必要ではない。被告下T事務所は,上記確認を行っているのであって,そこに落ち度は認められない。すなわち,被告Y1は,本件手書き修正に関与していないし,被告NRから本件安全率の修正を求められたこともない。
 原告らは構造計算書に手書きで修正を加えることは異常であると主張するが,手書き修正は日常的に行われているから,手書き修正それ自体をもって,被告Y1に何らかの注意義務違反があるということもできない。
   ウ 以上から,被告Y1に過失はなく,被告S事務所においても,責任を負うことはない。
  (4) 争点(4)
 (原告らの主張)
   ア 取壊し建替え費用が相当損害額であることについて
 本件マンションは,①中地震時(震度5強程度)に低層階(C通り)の耐力壁が損傷を受け,②大地震時(震度6弱から6強程度)において崩壊に至る危険がある。
 本件マンションは鉄筋コンクリート造であり,耐力壁のほか,柱や梁などの構造躯体を構成する構造部材を,現場における鉄筋とコンクリートの加工によって構築する建物であるから,いったん現場で製造された以上これを後から健全な状態に回復することは物理的に極めて困難である。
 被告らの補修案によっては,技術的にはもちろん,社会通念上も,被害回復を実現することは不可能であって,本件マンションの瑕疵を補修し,被害回復をするには,建替え以外に方法がない。
   イ 損害の詳細
 (ア) 建替費用相当額
 既存建物解体費用 1億5225万円
 建築工事費用 9億6600万円
 設計監理費用 5761万3500円
 以上合計 11億7586万3500円
 (イ) 引越費用,仮住居費用及び駐車場代
 別紙損害金目録1及び2の各項目欄記載のとおり(引越費用は,1回につき25万円。)である。
 (ウ) オプション代,売買契約印紙代,購入時登記費用等,住宅ローン関連諸費用,及び,火災保険料・地震保険料
 原告らは,本件マンションの区分所有権を購入する際に,上記各費用を負担しており,これらも損害に当たる。詳細は,別紙損害金目録1及び2の各項目欄記載のとおりである。
 (エ) 調査費用
 原告らは,被告NRによる建物調査結果の検討,被告NRから提案された従前の補強案の検討のために,一級建築士に協力を求め,その業務費用を負担した。その費用は,84万円である。
 また,本件訴訟において,瑕疵,被告らの責任,原告らの損害等の主張立証のために,一級建築士に,調査報告書の作成等を依頼して,各書証を完成の上,本件訴訟に証拠提出した。これらの調査費用として,原告らは714万円を負担している。
 以上の調査費用合計額は798万円であり,原告らは,少なくとも,1世帯あたり21万円の調査費用(37世帯で合計777万円)の損害を被っている。
 (オ) 慰謝料
 原告らは,平成18年2月18日,被告Y市及び被告NRからの説明会で,本件マンションの強度不足の事実を突然突き付けられ,このことによる精神的なダメージははかり知れず,原告X1は,夜眠れず,身体的な変調を来してしまう状態であり,同様の被害は他の原告らも被っている。また,原告らは,平成23年3月11日に発生した東日本大震災を初めとして,地震の際には神経をすり減らし,地震が心配で,自宅に友人や親せきを呼べず,また,住宅の売却や賃貸ができない,ローンの借換えができないなど,様々な被害を受けている。
 被告NRは,上記説明会で,自らの責任を認めておきながら,本件訴訟で責任を争っており,被告Y市を含め,被告らの訴訟での対応は,原告らの精神的損害をさらに拡大させている。
 以上からすると,慰謝料の額は,別紙損害金目録1及び2の「慰謝料」欄の額を下回らない。
 (カ) 配当金の控除
 別紙損害金目録1及び2に記載のとおり,ヒューザーの破産手続において受けた配当金を控除する。
 (キ) 弁護士費用
 本件訴訟は,弁護士の助力なしでは遂行不可能であり,弁護士費用が損害となる。具体的な額は,別紙損害金目録1及び2の「弁護士費用」欄に記載のとおりである。
 (被告NRの主張)
 仮に,被告NRが何らかの責任を負うとしても,その範囲は,補強工事費用の一部のみが相当である。
   ア 本件マンションは建替えの必要がなく,耐震補強工事で対処可能であること
 本件マンションのQu/Qunの数値は0.64であり,国土交通省が示した使用制限・除去等の対象であるQu/Qunの数値0.5を超えている。また,本件マンションよりも低い耐震強度であっても,補強工事で対応した実例が数多く存在する。
 したがって,本件マンションは耐震補強工事で十分に対処可能である。
   イ 被告NR提出の補強案(丙32)は,原告らの要望及び建築基準法を踏まえたものである。
   ウ 補強工事を前提とするとしても,その補強工事費用全額が被告らに請求し得る原告らの損害となるものではない。なぜなら,結果的に当初の設計に誤りがあり,耐震強度不足があるということは,もともと本来あるべき資材が不足し,また,かかる資材に関する工事工程が欠落していたのであって,これらの費用は,被告NRの過失の有無に関係なく,本来的に当初の建築時から必要な費用であり,原告らが負担すべきものだからである。ただし,原告らは,補強工事費用に関する損害の主張立証をしていないので,そもそも本来的に原告らが負担すべき費用との区分の前提が存在せず,区分のしようもない。したがって,仮に何らかの損害が存するとしても,その損害全体について因果関係がないというべきである。
   エ 補強工事費内訳書(丙37)を参考として試算すると,次のとおり,損害金額は,最大でも「1541万8334円」を大幅に下回り,結局はゼロとなる。
 (ア) まず,補強工事費用2億1103万3200円から被告Y市からの助成金5412万8539円及びHの破産手続において原告らが受領した配当金総額1億4148万6327円は損益相殺として控除されて然るべきである。補強工事の見積額から上記助成金及び破産配当金を控除した金額は,1541万8334円である。
 (イ) もともと必要な資材及びその工事費用相当額も控除されるべきであるから,原告らの損害は,上記1541万8334円を更に下回るはずである。
 もっとも,その最終的な損害についても因果関係が存在しないことは,前記ウのとおりであるから,結局のところ,原告らが訴求し得る損害はゼロとなる。
 (被告Y市の主張)
 原告らは,損害の回復のためにはあくまで建替えが必要であると主張するが,本件では補強工事で十分である。以下,その理由について述べる。
   ア 建物の基本的な安全性を確保するために必要な補修工事費用は,2億1000万円余りである。他方,原告らが主張する住民間の公平や居住性の確保という問題を解消するために建替えまでも認めてしまうと,補強の場合の費用を9億円余りも上回る。これは,損失に比してあまりにも莫大なコストをかけることになり,損害の妥当な回復という観点からも,バランスを失する。
   イ 建物の基本的な安全性を回復するための必要にしてかつ十分な方法として,被告NRから補修案が提示されているのであり,この案は,住民の居住性の低減をできるだけ低く,また,できれば居住性の低下を被らない住民が一人でも多くなるように考えて提案されたものと推察される。
   ウ 本件訴訟の訴訟物である損害賠償請求権の中身である損害の内容と金額は,当然,個々の原告ごとに算定されなければならないはずである。そして,その損害の内容について,現在の建物が,建物としての基本的な安全性を欠いているという点においては全原告に共通しているが,建替えによる居住性の問題については原告ごとに事情が異なっている。本件マンションについては,補強工事によって,建物全体の基本的な安全性を回復することができる事案であり,建替えによって生じる個々の原告の居住性の問題については,仮に,この不都合が不法行為による賠償の範囲内にある損害として填補されるとしても,原告ごとに,その損害の内容と金額が個別に検討されるべき性質のものであって,一部の原告の居住性の低下が大きいとしても,そのことが理由になって,他の原告の損害の内容や金額に影響が生じるようなことはない。
   エ 建物の居住者等が,建物の瑕疵を原因として,契約当事者ではなく,設計者・施工者らに不法行為に基づいて損害賠償請求をする場合,その保護法益は,「建物の基本的な安全性を確保することによって,建物の居住者等の生命・身体・財産を守ること」にある。そうすると,不法行為に基づく損害賠償の請求について,賠償の範囲に入るのは,建物が基本的な安全性を欠いていることによって惹起された損害及び未だ損害が発生していなくても将来にわたって損害の発生を予防するために建物の基本的な安全性を回復するため必要な費用であるということができる。最高裁判決もこの点を明確に判示している。
 さらに,合理的に考えるならば,不法行為に基づく損害賠償の範囲について,設計の過誤を看過した者の責任が,実際に瑕疵ある建物の設計者,施工者及び工事監理者の責任の範囲を超えるということは考えられないから,結局,指定確認検査機関も含めて,瑕疵ある建物の建築にかかわった者の責任というのは,基本的には建物の安全性の回復であり,居住者の居住環境の快適さを損なうにとどまるなどの損失については,責任の範囲には入らない。
   オ 上記のとおり,原告らが主張する居住性の低下の問題は,不法行為又は国家賠償請求に基づく損害賠償請求の保護法益の対象とはならない。
 なお,原告らは,被告NRの補強案では不具合が生じると主張するが,補修案の修正により,その不具合を改善することができる。結局,原告らに生じる居住性の低下は,その範囲が限定的であって,かつ,その程度も著しいものとはいえない。
 (被告S事務所及び被告Y1の主張)
 すべて不知ないし争う。
第3 裁判所の判断
 1 争点(1)
  (1) 前記前提となる事実及び証拠(甲11~15,18,19,乙11,15,16,丙3の3,丙10の2,証人C)と弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
   ア 本件マンションの設計業務を受託した被告S事務所は,構造設計をT研究所に依頼し,T研究所の従業員であるC(建築士の資格を有しない。)は,構造計算書を作成し,これを建築確認申請書類の一部として被告S事務所に提供した。
 被告S事務所は,Hの代理人兼設計者として,被告NRに対し,上記構造計算書を添付して,建築確認申請をした。
   イ Cは,構造計算プログラムを用いて構造計算を行ったが,当該構造計算には,次の問題点があった。
 (ア) 旧建築基準法施行令82条の4によると,耐震強度を示す保有水平耐力の比率(Qu/Qun)は1以上でなければならない。そして,Qunは,Ds,Fes及びQudを掛けて算出される(Qun=Ds×Fes×Qud)。
 Dsの数値は,建物の各階の構造特性を表すものであり,その数値は,耐力壁の種別(WA~WD。WAが最もランクが高い。)を考慮して決定される。
 WA~WCの共通要件は,「せん断破壊をするおそれがないこと」である。
 (イ) 本件マンションについては,保有耐力につき「せん断破壊しないもの」として算定され,耐力壁の種別につきWAで構造計算がされた。その結果,Qu/Qunの数値は,構造計算書上は,すべて1を越えていた。
 (ウ) しかし,現実には,本件マンションの1階~7階及び10階の耐震壁に関して,本件安全率の数値が1を切っていたため,耐震壁がせん断破壊をするおそれがあり,耐力壁の種別はWDで計算すべきであった。WDで計算した場合には,Qu/Qunの数値が1を下回る箇所が生じる。
 なお,本件安全率が1を切っていることは,構造計算書(丙3の3)上明示されている。
   ウ(ア) Cは,構造計算書(丙3の3)に,本件安全率が1未満となっている本件マンションの耐震壁の鉄筋量(鉄筋の直径及び鉄筋の間隔)部分を増加させる設計変更を手書きで記載する本件手書き修正を行った。
 本件手書き修正は,構造計算書上の本件安全率の逆数倍に鉄筋量を増加させれば,本件安全率が1以上になるとの判断に基づいている。
 (イ) しかし,耐力壁の終局せん断耐力は,鉄筋量のほか,コンクリート強度や軸方向力によって決まるため,鉄筋量を増やしたとしても,その増加割合と同じ増加割合で,耐力壁の終局せん断耐力が増えることはない。したがって,本件安全率の逆数倍に鉄筋量を増加させたとしても,本件安全率が1以上となることはなく,上記(ア)の判断は誤っている。
 現に,本件手書き修正によっても,本件安全率の数値は,従前の0.45(3階部分の数値)から0.51までにしか改善されておらず,必要な強度は確保されていない。
 このことは,構造設計の基本ともいうべき事項であって,通常,構造設計者がこのように誤りをすることはあり得ない。
   エ Dは,本件手書き修正の誤りを是正せず,被告NRは,建築確認済証を交付した。
  (2) 本件では,本件手書き修正がDの指摘に基づくものであるかどうかが争われているので,まずこの点について判断する。
   ア Cは,平成18年1月25日の本件マンションに関するT研究所に対するヒアリングにおいて,被告Y市の職員に対し,保有耐力の安全率が1を切ったところの構造計算書の手書き部分につき当初からCが行ったのか,審査機関の指摘を受けて修正したのかについて,「被告NRから指摘を受けて修正し,了承された」と述べている(乙15)。
 被告NRの確認検査部長らは,平成18年2月2日の本件マンションの審査状況について,被告横浜市の職員に対し,二次設計の構造計算書にされた壁配筋修正の手書き部分につき,被告NRが「指摘して修正させたことを担当者に確認している。」と述べ,修正結果が正しいかどうかの確認を行ったかどうかについて,「精査が不足していた。この点では,審査の不備があった。」と述べている(乙16)。
   イ 他方,Cは,証人尋問において,最初から書き込んで建築確認の申請をしたかもしれない,指摘を受けたかどうかは記憶にないと供述している。
 また,Dは,証人尋問で,本件マンションの構造審査をしたかどうか自体覚えていないこと,区役所を退職して被告NRに入社してからは建築確認について指導をしてはいけないと考えていたこと,本件マンションの件で上司から事情を聞かれたことはあるが,何を聞かれたかは思い出せないことを証言し,陳述書(丙40)においても,同様の供述をしているほか,上記アの乙16の確認検査本部長らの供述は発言者の勘違いによるものか,その場での何らかの行き違いがあったものと思われる旨供述する。
   ウ Cの供述について
 証拠(証人C,証人F)によると,上記アの乙15の記載は,Cが被告Y市の職員に対してした供述の内容をそのとおりに記載したものであると認められる。また,本件訴訟が提起される前に,T研究所と被告S事務所が共同で作成した意見書(甲18)においても,Cが指摘を受けて本件手書き修正をした旨が記載されている。
 以上の事実に照らすと,乙15におけるCの供述は信用することができる。これに反するCの証人尋問における証言は,到底信用することができない。
   エ 被告NRの従業員の供述及びDの供述について
 上記アのとおり,乙16は本件訴訟が提起される前に作成されたものである上,その内容は,被告NRにとって不利な内容である。また,証拠(証人F)によると,当該ヒアリングは,本件マンションの耐震強度不足について被告Y市が感じている疑問点を解明するためにされたものであって,被告NRの責任追及を直接の目的とするものでなく,乙16の記載は,被告NRの従業員が述べた内容をそのまま記載したものであると認められる。さらに,証拠(乙18の1)によると,被告NRは,本件訴訟の提起前に開催された本件マンションについての住民説明会で,「修正結果に対する確認が足りませんでした」と回答している。
 以上の事情からすると,乙16の内容は,信用することができる。これに反するDの証人尋問及び陳述書(丙40)における供述は,到底信用することができない。
 なお,本件訴訟において提出されたDの手控え(丙13,14)に本件手書き修正に関する直接的な記載がないとしても,同手控えに常にそのような記載がされると認めるに足りる証拠はないから,上記判断を左右しない。
 被告NRは,上記ヒアリング当時,被告NRは本件マンション以外にもいくつか耐震偽装が疑われる物件の調査を行っており,類似関連物件の情報が錯綜していたのであって,事実と異なる回答をした蓋然性が高いと主張する。しかし,既に認定したところからすると,この主張を採用することができないことは明らかである。
   オ したがって,本件手書き修正は,被告NRの従業員であるDの指摘に基づいてされたものと認められる。
  (3) 上記(1)ウ(ア)のとおり,本件手書き修正は本件安全率の逆数倍の量に鉄筋量を増加するとの判断に基づくものであるところ,その判断内容に照らすと,本件手書き修正の目的は,本件安全率を1以上とすることにあったと認められる。この事実に,被告NRの従業員であるDが指摘して本件手書き修正がなされた事実(上記(2))を総合すると,被告NRの従業員であるDは,本件安全率が1を切っていることを発見し,その改善をCに指摘し,同指摘に基づき,Cは本件手書き修正を行ったものと認められる。
 以上の事実と,上記(1)ウ(イ)のとおり,本件手書き修正が誤りであることは,構造設計の基本ともいうべき事項であって,通常,構造設計者がこのように誤りをすることはあり得ないことからすると,建築確認の審査業務を行うDは,上記指摘に基づき,Cが行った本件手書き修正が適正なものであり本件安全率の数値が1以上となっていたかどうかを確認し,耐力壁の種別をWAとして計算するのが適切かどうかを確認する義務があったところ,Dは,本件手書き修正の誤りを修正せず,本件安全率の数値が1以上となっているかどうかを確認しないまま建築確認を行ったのであるから,上記義務を怠った過失があると認められる。
 この点,被告NRは,Qu/Qunが1以上であることのみが法令上の基準であり,その入力条件と結果以外は審査対象となっておらず,本件安全率の数値を確認すべき義務はないと主張するが,Dが本件安全率の数値を指摘したとの上記の事実関係に照らし,採用することができない。
 被告NRは,構造計算書(丙3の3)には何ら不自然な点がないと主張するが,同事実関係に照らし,採用することができない。
 被告NRは,本件安全率の数値は構造計算の解析終了時の実数を用いて算出されたものであり,Qu/Qunの計算過程とは全く関係がない数値であって,その数値に補正を加えても何ら問題はなく,これを確認する義務はないと主張する。証拠(丙41,証人G[以下「証人G」という。])によると,本件安全率の数値そのものはQu/Qunの計算過程に組み込まれておらず,また,同数値はQu/Qunの値が計算された後に算出されるものであると認められる。しかし,証拠(甲19)によると,本件安全率の数値が1を切る場合にはせん断破壊のおそれが生じるのであって,Qu/Qunの値の計算において用いられた「せん断破壊はしないもの」という前提条件を崩すことになるから,その意味でQu/Qunの計算において影響を及ぼす数値であるということができる。また,上記のとおり,現に,Dは,本件安全率の数値が1以上になるよう指摘している。以上のことに照らせば,本件安全率の数値を確認する義務はないとの上記被告ERIの主張は採用することができない。なお,本件安全率が1を下回る部分があったとしても,Qu/Qunが1を上回れば,建築基準法上は問題がないといえるが,本件建築確認に当たって,被告NRが,耐力壁の種別をWDとして構造計算をやり直すなどして,Qu/Qunが1を上回ることになったかどうかの確認をしたとも認められない。
 被告NRは,構造計算書の全ての頁を審査すべき義務や全ての頁を提出させる法的根拠はないから,建築確認の審査において,上記義務を怠った過失はないなど主張するが,これらの主張は,Dが本件安全率の数値が1を下回っている旨指摘していないことを前提とするものであるから,採用することができない。
 なお,原告らは,DがCに対して本件手書き修正の内容どおりに修正をするよう具体的な指示したと主張するが,Dは,長年建築確認業務に携わってきた者であって(甲40,証人D),このようなDが,本件安全率の逆数倍の鉄筋量にすれば本件安全率の数値が1以上になるという誤りを,見過ごすことはあっても,自ら積極的に行うとは容易には考え難く,Dが積極的にそのような指示をしたとまで認めることはできない。
  (4) 以上から,被告NRは,その従業員であったDの過失により,本件マンションの耐震強度不足を生じさせたのであるから,国賠法1条1項に基づき,耐震強度不足によって原告らに生じた損害を賠償する責任を負う。
 なお,原告らは,被告NRの責任について,不法行為とのみ主張しているが,後記2で述べるとおり,指定確認検査機関は,国賠法上の損害賠償責任を負うと解されるので,本件においても,国賠法1条1項に基づく請求が含まれているものと解する。
 2 争点(2)
  (1)ア 証拠(乙3)と弁論の全趣旨によると,平成10年に改正された建築基準法は,従来行政が行ってきた建築確認などについて,今後は行政側の十分な体制整備を期待することが困難であることや,建築士等の専門技術者の絶対数が確保され民間による多様なサービスの提供が期待できる状況になっていることを踏まえ,民間企業が行政に代わって建築確認を行う仕組みを構築し,行政による直接的な対応を中心とする枠組みから,監査や処分の厳正な実施などの間接的コントロールによる制度の適正な運営を確保する方式へと移行するため,建設大臣又は都道府県知事が一定の要件の下に指定した指定確認検査機関において,建築確認などをすることを可能としたものと認められる。
   イ 指定確認検査機関の指定は,建築確認などの業務を行おうとする者の申請に基づいて行われ(旧建築基準法77条の18第1項),同指定を受けた指定確認検査機関が確認済証の交付をしたときは,当該確認済証は,建築主事により交付された確認済証とみなされる(同法6条の2第1項)。また,指定確認検査機関の指定を受けることができる組織は公益法人に限定されておらず(同法77条の20),株式会社のような営利組織であっても,同指定を受けることができる。証拠(乙21)によると,建築確認等に係る手数料については定めがなく,指定確認検査機関が自由に設定することができるものと認められる。さらに,上記指定には,建築確認検査の業務を円滑に行うに必要な経理的基礎を有していることが要件とされている(同法77条の20第3号)。
   ウ(ア) 指定確認検査機関の指定は,国土交通大臣又は都道府県知事が行うものとされ(同法6条の2第1項),同機関の業務が適正に行われるよう,同大臣及び都道府県知事は,監督命令(同法77条の30)や報告・検査(同法77条の31)を行うことができ,同機関が同法77条の19各号の欠格事由に該当するようになった場合には,上記指定を取り消さなければならず,その他,一定の事由があるときは,業務停止を命ずることができる(同法77条の35)。
 (イ) 他方,特定行政庁に対しては,上記のような監督権限は与えられていない。
 特定行政庁は,指定確認検査機関が確認済証の交付をしたときには,平成19年国交令第66号による改正前の建築基準法施行規則3条の4が定める建築計画概要書を添えて報告を受け(旧建築基準法6条の2第3項),当該交付に係る建築物の計画が建築基準関係規定に適合しないと認めるときは,同機関にその旨を通知しなければならず,この場合,確認済証の効力は失われる(同法6条の2第4項)。この場合は必要に応じて,建築物に対して是正命令などの措置をとることができる(同法6条の2第5項,9条1項,10項)。
 指定確認検査機関が確認済証の交付をしたときに特定行政庁が受ける報告は,上記のようなものであって,それを超えて,建築確認に際して,その内容について,特定行政庁が,構造計算書を提出させるなどして詳しい報告を受けることは,法律上予定されていない。
 なお,特定行政庁は,指定確認検査機関などに対して,建築物の敷地,構造,建築設備若しくは用途又は建築物に関する工事の計画若しくは施工の状況に関する報告を求めることができる(同法12条3項)。
  (2) 上記(1)からすると,指定確認検査制度は,建築確認等の事務の主体を地方公共団体から民間の指定確認検査機関に移行したものであって,指定確認検査機関は,自ら設定した手数料を収受して,自己の判断で建築確認業務を行っており,その交付した建築確認済証は,建築主事が交付した確認済証とみなされるものである。そうすると,指定確認検査機関は,行政とは独立して,公権力の行使である建築確認業務を行っているのであって,指定確認検査機関の行った建築確認に瑕疵がある場合には,その国賠法上の責任は指定確認検査機関自身が負うものと解するのが相当である。
 ただし,上記(1)ウのとおり,特定行政庁においても,一定の監督権限は与えられているから,特定行政庁が同権限の行使を怠った場合には,特定行政庁が属する地方公共団体も,国賠法上の責任を負うものと解される。
 そこで,本件において,Y市長がその監督権限の行使を怠ったかどうかについて検討すると,特定行政庁の監督の権限は,上記(1)ウ認定のようなものにとどまるのであって,証拠(乙4~7)によると,被告NRが被告横浜市に対して行った本件建築確認に関する報告にも,構造計算書は添付されず,建築計画概要書のみが添付されており,本件マンションの耐震強度が不足していること,本件安全率が1未満であること及び被告NRの指摘によって構造計算書に手書き修正がなされたことなどををうかがわせる記載はないと認められる。そうすると,被告横浜市において,本件マンションに係る建築計画が建築基準関係規定に適合していないことを認識することができたとは認められず,その旨を被告NRに通知するなどその監督権限を行使することを怠ったとは認められない。
 したがって,被告Y市が,被告NRの行った建築確認について,国賠法上の責任を負うとは認められない。
 原告らは,最高裁平成16年(行フ)第7号同17年6月24日第二小法廷決定・裁判集民事217号277頁を引用して,被告横浜市が国賠法上の責任を負うと主張するが,同決定は,指定確認検査機関の建築確認の事務の帰属先について判断したものであり,事務の帰属先と,指定確認検査機関が行った建築確認について地方公共団体が国賠法上どのような場合に責任を負うかとは別問題であるから,同主張は採用することができない。
 原告らは,平成18年の改正後の建築基準法や省令を根拠として,被告Y市が国賠法上の責任を負うと主張するが,上記法令は,被告NRが建築確認を行った後に改正されたものであるから,同主張を採用することはできない。
 原告らは,被告NRは,平成14年9月24日,国土交通省から立入検査を受け,同年10月4日,確認検査員の資格を有しない者が現場検査を実施していたことを理由として業務停止処分を受けているとも主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はなく,上記判断を左右するものではない。
 3 争点(3)
  (1) 前記前提となる事実に証拠(甲25,丙6,15,丙24の1~4,丁4,被告Y1本人)と弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
   ア 被告Y1は,昭和45年4月に建築設計事務所に入所し,二級建築士免許及び一級建築士免許を取得した。被告Y1は,約40年にわたり,意匠設計者として建築の設計に携わってきた。そのため,構造設計については,すべて外注で他の建築事務所などに依頼をしてきた。
 なお,建築士免許の取得に当たっては,構造についての学科試験に合格する必要がある。
   イ 被告S事務所は,本件マンションについて,Hから設計業務全般を受託し,そのうち,構造設計についてはT研究所に依頼をした。
   ウ 被告S事務所は,ヒューザーの代理人兼設計者として,被告NRに対し,建築確認の申請をした。
   エ 被告S事務所は,被告NRから,構造計算に関わる事項についての問合わせを受けたため,Cの連絡先及び氏名を伝えた。その後は,被告NRとCないしT研究所との間でやりとりがされ,構造についての問合わせが被告S事務所に来ることはなかった。
 被告Y1は,本件建築確認について,構造計算に関わる事項に関しては,被告NRとCないしT研究所との間でのやりとりに任せ,自ら又は被告S事務所の他の従業員がその内容に関与することはなかった。
   オ 構造の設計者は,構造について設計を変更した場合,意匠設計上の問題が生じないか,意匠の設計者に確認することがある。
  (2) 建物の建築に携わる設計・施工者等は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負い,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に上記安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負う(最高裁平成17年(受)第702号同19年7月6日第二小法廷判決・民集61巻5号1769頁)。
  (3)ア 上記(1)によると,被告下河辺事務所は,本件マンションの設計業務全般を受託し,本件マンションの設計者として建築確認の申請をしたから,被告S事務所は,本件マンションの設計業務全体について責任を負う立場にあったということができる。そして,被告Y1は,被告下河辺事務所の代表者として,本件マンションの設計業務全体について責任を持つべき立場であったということができる。
   イ しかるところ,被告Y1は,上記(1)のとおり,本件建築確認について,構造計算に関わる事項に関しては,被告NRとCないしT研究所との間でのやりとりに任せ,自ら又は被告S事務所の他の従業員が,その内容に関与することはなかったものと認められる。
 意匠設計と構造設計とでは専門分野が異なることから,被告S事務所が構造設計をT事務所に依頼することは,やむを得ないとしても,被告Y1は,被告S事務所の代表者として,本件マンションの設計業務全体について責任を持つべき立場であったから,構造設計についても,誤った設計がされないように注意すべき義務がある。
 しかるところ,前記1のとおり,本件マンションの設計においては,構造設計の基本ともいうべき事項について誤った設計がされたために,本件マンションは,建築基準法が定める耐震強度を満たさないものとなったのであって,このことは,被告Y1が,構造設計について多少なりとも関心を持ち,少なくとも,建築確認の過程で問題となった事項について報告を求めるなどしていれば,被告Y1ないし被告S事務所の他の従業員がこのことを知り得たというべきであるし,本件マンションの設計全体について責任を持つべき立場の者として知るべきであったということができる。
 そして,被告Y1ないし被告S事務所の他の従業員が本件マンションの構造設計についてされた誤りを認識したならば,当然その点の是正を求めたものと推認されるから,本件マンションの耐震強度が不足することはなかったものと認められる。
 なお,被告Y1及び被告S事務所は,被告Y1は,意匠設計の専門家であって,構造については詳しい知見を有しておらず,意匠設計者としての注意義務の前提としての構造計算書の確認範囲は,意匠設計として限定されると主張するが,上記のとおり,被告Y1は,本件マンションの設計業務全体について責任を持つべき立場であったから,その注意義務の範囲が意匠設計として限定されるということはできず,このことは,被告Y1の構造設計に関する実際の知識の程度いかんにかかわるものではないというべきである。
   ウ 本件マンションに耐震強度が不足し,建物の基本的な安全性を欠いていることは明らかであるから,被告Y1は,過失によって本件マンションの耐震強度不足を引き起こしたものとして,原告らに対し,不法行為による損害賠償責任を負い,被告S事務所も,原告らに対し,会社法350条により損害賠償責任を負うというべきである。
 4 争点(4)
  (1) 建替えの必要性について
 原告らは,本件マンションの耐震強度不足を是正するためには,物理的・経済的にみて建て替えるしかないと主張し,他方,被告NRは,補強改修工事で足りると主張しているので,まず,建替えの必要性を検討する。
   ア 前記前提となる事実(4)によると,本件マンションの耐震強度不足は,建築物の敷地,構造,設備及び用途に関する最低の基準を定める建築基準法の規定を下回るものであり,そのQu/Qunの最低値は0.64(1階の耐震壁)であって,しかも,証拠(丙10の2・178頁)によると,2階~7階及び10階の耐震壁のQu/Qunの数値も,0.71,0.79及び0.98と,すべて1を下回っていると認められる。また,証拠(丙10の2・65~67頁,194頁)と弁論の全趣旨によると,2階~4階までの一部の壁については,耐震壁の設計用水平せん断力が許容水平耐力を超えており,中地震時に損傷する危険性があるものと認められる。
 以上からすると,本件マンションには耐震強度が不足しており,その程度は,最低基準を定める建築基準法の数値をかなり下回っているというものであって,かつ,そのような耐震強度不足の箇所が本件マンションのほぼ全体に存在しており,中地震時には耐力壁が損傷し,大地震時には本件マンション全体が倒壊する危険があるものと認められる。
   イ 被告NRは,補強工事で足りるとし,その補強工事案として丙32を提出する(以下「本件補強工事案」という。)。
 しかし,証拠(甲24,証人H)と弁論の全趣旨によると,本件補強工事案は,建物の外部に補強のフレームを入れるため,日照の範囲が狭くなること,災害時に隣戸へ移るために設けられたバルコニーの隣戸との境界にある板(非常時に突き破ることができる。)の高さが現在の約2250mmから約1000mmに減少するため,高齢者などの避難時に支障が生じ得ること,一部の窓の範囲が半分程度にまで狭まること,内部に柱や梁,壁を増設することにより天井の高さが約200mm低くなること,収納スペースが減少すること,台所からサービスバルコニーに出るための出入口の約上半分がふさがれてしまい,同バルコニーの使用に支障を来たすこと,屋内の駐車場スペースが2台分減少することが認められる。前記前提となる事実(1)及び(3)によると,原告らは,本件マンションを新築マンションとして購入したのであって,既に述べたとおり構造設計の基本ともいうべき事項についての誤りを看過したことにより損害賠償責任がある被告NR,被告Y1及び被告下河辺事務所との関係において,原告らが上記の支障を甘受しなければならない理由は見い出せない。
 なお,上記支障は,必ずしもすべての住戸に生ずるものではなく,一部の住戸にのみ生ずるものもあるが,建替えが必要かどうかは,本件マンション一棟について決定しなければならず,各住戸ごとに決定することはできないから,支障が生じない住戸があったとしても,建替えの必要性がないということにはならない。
   ウ 上記アの事実に照らすと,本件マンションは,実質的にみて価値のない建物であり,耐震強度不足という建物の基本的な安全性を欠如した建物であり,このままでは原告らが安全に生活していくことのできない建物である。また,上記イのとおり,本件マンションの耐震強度不足を是正する本件補強工事案が相当であるとは認められない。そうすると,原告らの損害を回復するためには,建替えを行う必要があるというべきであって,建替え費用は,被告NR,被告Y1及び被告S事務所の行為と相当因果関係のある損害ということができる。
 Qu/Qunの数値が1を下回る建物であっても,改修工事が行われたものがあることを示す証拠(乙24~30)が存在するが,その改修工事内容の詳細は不明である。そもそもマンションによって改修工事に伴って生じる住民らの支障やその経済的負担の状況は異なる(誰からも賠償を得られず,自費で改修しようとすると,支障が生じても費用のかからない方法を選択するということもあり得るから,改修工事をした事例があるからといって,本件の賠償の範囲を改修に限定すべきであるということはできない。)し,マンションとホテルでも異なる。したがって,これらの証拠などから直ちに本件マンションの建替えの必要性がないとは認められない。
 被告NRは,建物の使用制限や除却などの命令を行う基準について,Qu/Qunの数値の目安が0.5とされており,本件マンションの同数値は最低でも0.64であるから,建替えの必要性がないと主張するが,建物を建て替えるべきであるかどうかは上記の数値が0.5を下回るかどうかだけで決まるものではないから,同主張は採用することができない。
  (2) 各損害
   ア 建替費用相当額
 証拠(甲28~30)によると,本件マンションの解体撤去工事費用は1億5225万円であり,建築工事には,工事費用として9億6600万円が,設計・工事監理費用として5761万3500円がかかるものと認められ,これを覆すに足りる証拠はない。
 したがって,これらの合計額の11億7586万3500円が原告らの損害と認められ,これに各原告の本件マンションの購入金額の割合を掛けると,各原告の損害額は,別紙損害金目録3記載のとおりと認められる。
 被告NRは,もともと必要な部材の費用などは本来原告らが負担すべき費用であるから,因果関係がないなど主張するが,同主張は建替えではなく,補修を前提とした主張であるから,採用することができない。
   イ 引越費用,仮住居費用,駐車場代
 弁論の全趣旨によると,原告らは本件マンションを住居として使用しているところ,上記(1)のとおり,本件マンションを建て替える必要があると認められるから,建替えの際の引越費用は損害と認められる。
 証拠(甲31)と弁論の全趣旨によると,一回の引越費用は25万円を相当と認め,転居時と再入居時の2回,同額の支出を要すると認められる。
 証拠(甲31,甲32の1~37)と弁論の全趣旨によると,建替時の仮住居の賃料は月額15万円とし,礼金は2か月分の30万円とし,仮住居が必要な期間は23か月間とするのを相当と認める。
 証拠(甲31,甲32の1~37)によると,原告らは,一戸当たり一つの駐車場スペースが付いた建物として本件マンションを購入しており,引越中に駐車場を借りた場合の賃料は月額1万5000円であることが認められるから,一戸ごとに,1万5000円×23(月)の駐車場代を損害と認める。
 以上から,原告らの一戸当たりの損害額は,別紙損害金目録3に記載のとおりと認められる。
   ウ その他(オプション代,印紙代,登記費用等)
 証拠(甲32の1~37)と弁論の全趣旨によると,原告らは,本件マンションの購入に伴う登記費用,オプション代(追加設備),住宅ローン関連費用,火災保険料・地震保険料,売買契約書印紙代等として,別紙損害金目録3記載の金員を支出したと認められ(ただし,原告番号3の原告らに係る火災保険料等については,Hが100万円を負担しているので[甲32の3],主張と異なり,この100万円を差し引く。原告番号4の原告の登記費用,住宅ローン関連諸費用及び火災保険料は,ヒューザーの負担とされているので[甲32の4],主張と異なり,これらの費用は0円とする。原告番号6の原告らの証拠上認められるオプション代は8万0510円であるので[甲32の6。同証拠の7頁下部にある1万4700円の領収書は,同頁上部にある納品書の配管パイプの代金についてのものと認める。],主張と異なり,同額をオプション代とする。原告番号7の原告らの登記費用は,証拠[甲32の7]によると,25万0670円であるから,主張と異なり,同額を登記費用とする。原告番号18及び20の原告らの火災保険料及び地震保険料については,これを支出したと認めるに足りる証拠はないから,主張と異なり,それぞれ0円とする。原告番号22の原告に係る火災保険料等については,Hが50万円を負担しているので[甲32の22],主張と異なり,この50万円を差し引く。原告番号23の原告の地震保険料については,これを支出したと認めるに足りる証拠がないから,主張と異なり,0円[ただし,火災保険料13万9350円は認める。]とする。原告番号24の原告のオプション代並びに火災保険料及び地震保険料については,これらを支出したと認めるに足りる証拠がないから,主張と異なり,0円とする。原告番号33の原告の証拠上認められる住宅ローン関連諸費用は52万3344円であるから[甲32の33],主張と異なり,同額を同費用とする。),これらの費用は,本件耐震強度不足がなく,本件マンションを建て替える必要があるため無駄となった費用であるから,相当因果関係のある損害と認められる。
   エ 調査費用
 原告らは,本件訴訟を遂行するに当たり一級建築士に調査などを依頼することが必要であったと認められる。
 その費用は,証拠(甲38の1・2,甲39)によると,次のとおり,798万円(37万8000円+46万2000円+272万3640円+441万6360円)と認められ,各原告の損害額は,原告らの主張の限度で,別紙損害金目録3記載のとおりと認めるのが相当である。
   オ 慰謝料
 証拠(甲22,23,甲32の1~37,原告X2本人,原告X3本人)と弁論の全趣旨によると,原告らは,本件マンションを住居として購入しており,耐震強度不足を知って以降,そこに居住することの不安などから多大な精神的損害を被ったものと認められる。
 本件マンションには,耐震強度不足という原告らの生命,身体の安全を害し得る問題があったこと,現在に至るまでその問題が解決されていないことなどに照らすと,そのことによって原告らが受けた精神的損害は,本件マンションの建替えなどによっても回復されないものと認められる。
 以上の事情に照らすと,慰謝料の額は,一戸当たり200万円と認めるのが相当である。
   カ 配当金の控除
 弁論の全趣旨によると,原告らは,ヒューザーの破産手続において,別紙損害金目録3の「配当金」欄記載の配当金(合計1億4148万6327円)を受領したものと認められるから,これを差し引く。
 被告NRは,被告Y市からの助成金5412万8539円も控除すべきであると主張するが,同助成金が原告らに支給されたことを認めるに足りる証拠はないので,控除することはしない。
   キ 弁護士費用
 一戸当たり240万円を相当と認める。
第4 結論
 よって,原告らは,被告NR,被告Y1及び被告S務所に対して,別紙損害金目録3の「合計額」欄記載の額の金員の支払を求めることができるところ,共有者については,各共有者ごとに損害賠償請求権が発生するから,各持分で案分すると,別紙損害金目録4の「損害額」欄記載の額の金員となり,原告らの請求は,同金員及びこれに対する同目録の「遅延損害金起算日」欄記載の年月日(別紙損害金目録3の「引渡日」欄記載の年月日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。したがって,原告らの請求を上記の限度で認容することとし,その余の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 森義之 裁判官 竹内浩史 裁判官 橋本政和) 

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