昭和39年6月24日 最高裁判例 過失判例

昭和39年6月24日 最高裁判例 過失判例

主    文      
原判決中、得べかりし利益の損害賠償請求につき原審の認容した部分を破棄する。      
右破棄にかゝる部分について、本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。
     上告人らのその余の上告を棄却する。      
前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。          
理    由  
上告代理人三宅厚三の上告理由第一点について。  
(一) 上告人らは、論旨一、において、総論的に、本件のごとく被害者が満八才の少年の場合には、将来何年生存し、何時からどのような職業につき、どの位の収入を得、何才で妻を迎え、子供を何人もち、どのような生活を営むかは全然予想することができず、したがって「将来得べかりし収入」も、「失うべかりし支出」も予想できないから、結局、「得べかりし利益」は算定不可能であると主張する。なるほど、不法行為により死亡した年少者につき、その者が将来得べかりし利益を喪失したことによる損害の額を算定することがきわめて困難であることは、これを認めなければならないが、算定困難の故をもって、たやすくその賠償請求を否定し去ることは妥当なことではない。けだし、これを否定する場合における被害者側の 救済は、主として、精神的損害の賠償請求、すなわち被害者本人の慰藉料(その相続性を肯定するとして)又は被害者の遺族の慰藉料(民法七一一条)の請求にこれを求めるほかはないこととなるが、慰藉料の額の算定については、諸般の事情がしんしゃくされるとはいえ、これらの精神的損害の賠償のうちに被害者本人の財産的損害の賠償の趣旨をも含ませること自体に無理があるばかりでなく、その額の算定は、結局において、裁判所の自由な裁量にこれを委ねるほかはないのであるから、 その額が低きに過ぎて被害者測の救済に不十分となり、高きに失して不法行為者に酷となるおそれをはらんでいることは否定しえないところである。したがって、年少者死亡の場合における右消極的損害の賠償請求については、一般の場合に比し不正確さが伴うにしても、裁判所は、被害者側が提出するあらゆる証拠資料に基づき、 経験則とその良識を十分に活用して、できうるかぎり蓋然性のある額を算出するよう努め、ことに右蓋然性に疑がもたれるときは、被害者側にとって控え目な算定方法(たとえば、収入額につき疑があるときはその額を少な目に、支出額につき疑があるときはその額を多めに計算し、また遠い将来の収支の額に懸念があるときは算出の基礎たる期間を短縮する等の方法)を採用することにすれば、慰藉料制度に依存する場合に比較してより客観性のある額を算出することができ、被害者側の救済 に資する反面、不法行為者に過当な責任を負わせることともならず、損失の公平な 分担を窮極の目的とする損害賠償制度の理念にも副うのではないかと考えられる。 要するに、問題は、事案毎に、その具体的事情に即応して解決されるべきであり、 所論のごとく算定不可能として一概にその請求を排斥し去るべきではない。  
(二) よって、以上の観点に立ちながら、進んで、上告人らが、論旨二、以下 において各論的に、原判決の算定方法の違法を主張する諸点につき判断することとする。   
(い) 上告人らは、まず、原審が、統計表に基づいて余命年数を求め、二〇才から五五才まで三五年間を稼働可能期間とし、国民の収入及び支出の平均又は標準を示すものとは認められない判示諸表によって「得べかりし収入」と「失うべかりし支出」を想定して「得べかりし利益」を算出しているのは不合理であると主張する。    
(イ) 稼働可能期間について。      
しかしながら、原審は、本件被害者らは、本件事故当時満八才余の普通 健康体を有する男子であること、判示統計表により同人らの通常の余命は五七年六月余であり、二〇才から少くとも五五才まで三五年間は稼働可能であることを認定しているのであり、右認定は、平均年令の一般的伸長、医学の進歩、衛生思想の普 及という顕著な事実をも合せ考えれば、相当としてこれを肯認することができ、この点に所論のごとき不合理は認められない。    
(ロ) 収入額について。      
つぎに、原審は、本件被害者らは、右稼働可能期間中、毎年、判示証拠 資料により認めうる昭和三三年四月から九月までの間のわが国における通常男子の 一ヵ月の平均労働賃金二万六四八円、元年分にして二四万七七七六円の金額を下らない収入を得べきものと推認し、その年収額から後出の支出年額を控除した額を基準としてホフマン式計算方法による一時払いの損害額を算出しているのであるが、 被害者らがいかなる職業につくか予測しえない本件のごとき場合においては、通常 男子の平均労賃を算定の基準とすることは、将来の賃金ベースが現在より下らないということを前提にすれば、一応これを肯認しえないではないが、収入も一応安定した者につき、将来の昇給を度外視した控え目な計算方法を採用する場合とは異なり、本件のごとき年少者の場合においては、初任給は平均労賃よりも低い反面、次第に昇給するものであることを考えれば、三五年間を通じてその年収額を右平均労賃と同額とし、これを基準にホフマン式計算方法により一時払いの額を求めている 原審の算出方法は、これを肯認するに足る別段の理由が明らかにされないかぎり、 不合理というほかはないところ、原判決はこの点につきなんら説明するところがないので、少くとも右の点において原判決には理由不備の違法があるものといわなければならない。    (
ハ) 支出額について。     
(A) 原審は、本件被害者らの稼働可能期間中における毎年の生活費は、 判示証拠資料により認めうる昭和三三年度における勤労者の平均世帯(世帯員数四・ 四六人)の実支出額一カ月三万六三八円、一人平均六八六九円、その元年分である 八万二四二八円と同額と認めるのを相当としているところ、上告人らは、本件被害者らは何時結婚し、何人の子供をもち、いかなる生活を営むか不明であるばかりでなく、世帯主の生活費は他の世帯員のそれより多いことは経験則上顕著であるから、 世帯の支出額を均分したものを世帯主と認められる被害者らの生活費とすることは不合理であると主張する。ところで、被害者らが独身で生活するという特別の事情が認められない本件のごとき場合においては、平均世帯を基準として被害者ら各自 の生活費を算出すること自体は、一応これを肯認しえないではないが、原判決が、首肯するに足る理由をなんら示すことなく、右三五年間を通じて被害者らの生活費が昭和三三年度の前示生活費と同額であるとしていること、及び前示世帯の支出額を世帯員数で均分したものが被害者ら(男子であり、世帯主となるものと推認される)の生活費であるとしているのは、理由不備の違法があるものといわなければならない。   
(B) 上告人らは、さらに、論旨二の後段において、被害者らの収入からは、被害者本人の生活費のみならず、被害者らの負担すべき扶養家族の生活費をも控除すべきであると主張するが、収入から被害者本人の生活費を控除するのは、本人の生活費は、一応、収入を得るために必要な支出と認められるからであるが( 収入を失うことによる損失と支出を免れたことによる利益の間には直接の関係がある)、扶養家族の生活費の支出と被害者本人の収入の間には右のごとき関係はなんら認められないのであるから、扶養家族の生活費の額は、収入額からこれを控除すべきではなく、この点に関する原判旨は、簡に失しているが、結論において正当であり、所論は採用し難い。     
(C) 上告人らは、また、論旨三において、被害者らの得べかりし収入額から、稼働可能期間経過後(五五才より後)に被害者らが支出すべかりし生活費を控除すべきであると主張するが、右支出も前記収入と前述のごとき直接の関係に立つものでないばかりでなく、五五才を超えても無収入であるとはかぎらず、また、第三者による扶養もありうることであるから、その間の生活費を前記収入から当然に控除しなければならない理由はない(二〇才までの期間における生活費についても同様であり、上告人らも右生活費を右の意味において控除すべしとは主張していない)。この点に関する原判旨もまた簡に失しているが、結局において正当であり、所論は採用しえない。     
(D) 上告人らは、さらに二〇才ないし五五才を基準として損害額を算定すれば、一才の幼児が死亡した場合と一八・九才の青年が死亡した場合とでは、その「得べかりし利益」は同額となり、二五・六才以上の成年が死亡した場合のそれは、一才の幼児が死亡した場合のそれより少額となって不合理であると主張するが、所論は、ホフマン式計算方法を度外視し、かつ、稼働可能期間の長短を忘れた議論であり、採用のかぎりでない。     
(E) 上告人らは、また、論旨三において、本件損害賠償請求権を相続した被上告人らは、他面において、被害者らの死亡により、その扶養義務者として 当然に支出すべかりし二〇才までの扶養費の支出を免れて利得をしているから、損益相殺の理により、賠償額から右扶養費の額を控除すべきであると主張するが、損益相殺により差引かれるべき利得は、被害者本人に生じたものでなければならないと解されるところ、本件賠償請求権は被害者ら本人について発生したものであり、所論のごとき利得は被害者本人に生じたものでないことが明らかであるから、本件 賠償額からこれを控除すべきいわれはない。所論は、採用に価しない。   
(ろ) なお、上告人らは、論旨四において、原判決のホフマン式計算方法の適用の誤りを主張するが、不法行為による損害賠償の額は、不法行為時を基準として算定するのを本則とするのであるから、原審が、ホフマン式計算方法を適用する について本件事故の時を基準とし、その時における一時払いの額を算出したのは正当である。所論は、ひっきょう、独自の見解の下に原判決を非難するものであり、 採用のかぎりでない。  
(三) 以上、要するに、本訴請求中、得べかりし利益の喪失による損害の賠償を求める部分については、原判決に少くとも前示のごとき諸点につき理由不備の違法があることが明らかであり、所論は、結局において理由があるので、原判決は、 右限度において破棄を免れない。同第二点について。上告人らは、原判決が損害額を算定するにつき、被上告人らの監督義務者としての過失をしんしゃくしなかったのは違法であると主張するが、原審認定の事実関係の下においては、被上告人らに監督上の過失が認められないとした原審の判断は、これを肯認しえないではない。所論は、ひっきょう、原審の認定しない事実に基づき又は独自の見解の下に、原判決を論難するに過ぎないものであり、採用し難い。  
よって、民訴四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、 裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。      
最高裁判所第三小法廷  裁判長裁判官 横田 正俊 裁判官 石坂 修一  裁判官 五鬼上 堅磐  裁判官 柏原 語六  裁判官 田中 二郎

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