2003(平成15)年11月14日判決

裁判年月日 平成15年11月14日 裁判所名 最高裁第二小法廷 裁判区分 判決

事件番号 平12(受)1711号
事件名 損害賠償請求事件
要旨

上告人 某建築設計
 同代表者代表取締役 A
 同訴訟代理人弁護士 仲田隆明
 橋口玲
 太田健義
 被上告人 X1
 被上告人 X2
 上記当事者間の大阪高等裁判所平成11年(ネ)第2564号損害賠償請求事件について、同裁判所が平成12年8月30日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。

   主  文

 本件上告を棄却する。
 上告費用は上告人の負担とする。
 
   理  由

 上告代理人滝井繁男、同仲田隆明、同橋口玲、同太田健義の上告受理申立て理由一について
1 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 (1) 上告人は建築、土木工事の設計及び監理を目的とする有限会社であり、その代表者であるAは一級建築士である。
 (2) 某建設株式会社(以下「某」という。)は、大阪市東成区内において建売住宅を建築し、販売することを計画し、平成6年5月30日、上告人に対し、建築予定の本件建物につき、建築確認申請に用いるための設計図書の作成を依頼するとともに、建築確認申請手続の代行を委託した。本件建物の建築工事は、建築基準法(平成10年法律第100号による改正前のもの。以下「法」という。)上、その規模、構造から、一級建築士又は二級建築士設計及び工事監理によらなければ、することができないものであった(法5条の2)。
 (3) Aは、上記設計図書を作成し、平成6年6月2日、これらを添付図書として、某のために本件建物の建築確認申請(以下「本件建築確認申請」という。)を行った。その際、Aは、建築確認申請書工事監理者欄に一級建築士の肩書を付した自己の氏名を記載するとともに、Aを工事監理者とする旨の選定届(Aが工事監理をすることを承諾する旨の記載及びAの記名押印のあるもの)を作成し、これを上記建築確認申請書に添付した。
大阪市は、建築基準法施行規則上、建築主が工事着手前にすべきものとされている工事監理者の届出について、建築士による工事監理を義務付ける法的規制を実効性のあるものとするため、建築確認申請の段階において、建築主に対し、申請に係る建築工事工事監理者を定め、これを建築確認申請書に記載すべきことを指導していた。Aがした上記の記載等は、某が、本件建築確認申請において、大阪市の上記の指導に対処するため、Aに対し、工事監理者は未定であるが、建築確認申請書にはAを工事監理者として記載しておいてほしい旨要請し、Aがこれに応じて作成したものであった。当時、両者の間には、工事監理契約が締結されておらず、将来、締結されるか否かも未定であった。
 (4) 建築主事は、同月24日、本件建築確認申請につき、添付された上記設計図書及び工事監理者選定届等に基づき、建築物の計画建築基準関係規定に適合するものであることの確認をした。上告人は、上記設計図書の作成及び建築確認申請手続の代行の報酬として、某から116万8000円の支払を受けた。
 (5) その後、上告人又はAと某との間で、本件建物の建築工事につき工事監理契約が締結されることはなく、Aが、本件建物の建築工事につき工事監理に当たることもなかった。Aは、本件建物の建築工事の開始時までに工事監理の依頼がない場合には、某がその従業員の中の有資格者を工事監理者とするなどして工事を実施するものと考えており、また、建築確認申請の際の届出と異なる者に工事監理をさせる場合には、工事着手前に建築主が変更の届出をすれば足りる取扱いであったことから、建築の確認がされて以降、本件建物の建築工事に関し、某に上記の変更の届出をさせる等の措置を何ら執ることなく、放置した。
 (6) 某は、建築主兼施工者として本件建物の建築工事を行ったが、その際、建築確認を受けるために用いた上記設計図書を使用せず、これとは異なる施工図面に基づき、しかも、実質上、工事監理者がいない状態で建築工事を実施した。そのため、上記設計図書によれば、1階部分の柱として断面の寸法200mm×200mmの角型鉄骨を、2階及び3階部分の柱として同150mm×150mmの角形鉄骨を、それぞれ使用すべきものとされているのに、実際には、いずれについても同148mm×100mmのH型鋼を使用したり、基礎工事についても、べた基礎とし地中はりを施工すべきものとされているのに、地中はりを施工せず、独立基礎としたりするなど、重要な構造部分において建築確認を受けた建築物の計画と異なる工事が実施され、その結果、本件建物は、法が要求する構造耐力を有しないなど、重大な瑕疵のある建築物となった。
 (7) 被上告人らは、同年9月1日、某から本件建物をその敷地と共に購入し、代金4420万円を支払った。ところが、本件建物は、新築であるにもかかわらず、車両通行時の振動が大きいこと、外壁に多数の亀裂が生じたことなどから、被上告人らは、その安全性に疑問を抱くようになった。被上告人らは、平成8年2月1日、某に対し、本件建物に瑕疵があるとして、本件建物及びその敷地の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
2 本件は、被上告人らが、上告人に対し、Aは建築士法(平成9年法律第95号による改正前のもの。以下同じ。)18条1項に基づき、建築士としてその業務を誠実に遂行すべき義務を負っているのにこれを怠ったことにより、被上告人らが損害を被ったと主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。上告人は、某との間では本件建物の建築工事についての工事監理契約を締結していないのであり、本件建物に係る建築確認申請書にAを工事監理者とする旨の記載をしたからといって、これにより上告人が被上告人らに対して賠償責任を負うものとはいえないなどと主張した。
3 建築士法3条から3条の3までの規定は、各規定に定められている建築物の新築等をする場合においては、当該各規定に定められている一級建築士、二級建築士又は木造建築士でなければ、その設計又は工事監理をしてはならない旨を定めており、上記各規定に違反して建築物の設計又は工事監理をした者には、罰則が科せられる(同法35条3号)。法5条の2の規定は、上記規制を前提として、建築士法の上記各規定に定められている建築物の工事は、当該各規定に定められている建築士設計によらなければ、することができないこと、その工事をする場合には、建築主は、各規定に定められている建築士である工事監理者を定めなければならず、これに違反した工事はすることができないことを定めており、これらの禁止規定に違反した場合における当該建築物の工事施工者には、罰則が科せられるものとされている(法99条1項1号)。そして、建築士法18条の規定は、建築士は、その業務を誠実に行い、建築物の質の向上に努めなければならないこと(同条1項)、建築士には、法令又は条例の定める建築物の基準に適合した設計をし、設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべき旨の法的責務があることを定めている(同条2項、3項)。
建築士法及び法の上記各規定の趣旨は、建築物の新築等をする場合におけるその設計及び工事監理に係る業務を、その規模、構造等に応じて、これを適切に行い得る専門的技術を有し、かつ、法令等の定める建築物の基準に適合した設計をし、その設計図書のとおりに工事が実施されるように工事監理を行うべき旨の法的責務が課せられている一級建築士、二級建築士又は木造建築士に独占的に行わせることにより、建築される建築物を建築基準関係規定に適合させ、その基準を守らせることとしたものであって、建築物を建築し、又は購入しようとする者に対し、建築基準関係規定に適合し、安全性等が確保された建築物を提供することを主要な目的の一つとするものである。このように、建築物を建築し、又は購入しようとする者に対して建築基準関係規定に適合し、安全性等が確保された建築物を提供すること等のために、建築士には建築物の設計及び工事監理等の専門家としての特別の地位が与えられていることにかんがみると、建築士は、その業務を行うに当たり、新築等の建築物を購入しようとする者に対する関係において、建築士法及び法の上記各規定による規制の潜脱を容易にする行為等、その規制の実効性を失わせるような行為をしてはならない法的義務があるものというべきであり建築士故意又は過失によりこれに違反する行為をした場合には、その行為により損害を被った建築物の購入者に対し、不法行為に基づく賠償責任を負うものと解するのが相当である。

 このような見地に立って、本件をみると、前記の事実関係によれば、上告人の代表者であり、一級建築士であるAは、前記1(3)記載のとおり、建築確認申請書にAが本件建物の建築工事について工事監理を行う旨の実体に沿わない記載をしたのであるから、Aには、自己が工事監理を行わないことが明確になった段階で、建築基準関係規定に違反した建築工事が行われないようにするため、本件建物の建築工事が着手されるまでに、某に工事監理者の変更の届出をさせる等の適切な措置を執るべき法的義務があるものというべきである。ところが、Aは、前記1(5)及び(6)記載のとおり、何らの適切な措置も執らずに放置し、これにより、某が上記各規定による規制を潜脱することを容易にし、規制の実効性を失わせたものであるから、Aの上記各行為は、上記法的義務に過失により違反した違法行為と解するのが相当である。そして、某から重大な瑕疵のある本件建物を購入した被上告人らは、Aの上記違法行為により損害を被ったことが明らかである。したがって、上告人は、被上告人らに対し、上記損害につき、不法行為に基づく賠償責任を負うというべきである。
4 そうすると、上告人の損害賠償責任を認め、被上告人らの請求の一部を認容した原審の判断は、以上の趣旨をいうものとして、是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 亀山継夫 裁判官 福田博 裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷玄)

 平成一二年(受)第一七一一号
 平成一二年(ネ受)第三四七号
   上告受理申立理由書
  申立人 某建築設計
  相手方 X1 外一名
 右当事者間の頭書事件(損害賠償請求上告受理事件)について、申立人は、左のとおり上告受理申立理由を提出する。
 平成一二年一一月一〇日
  右申立人訴訟代理人
  弁護士 滝井繁男
  弁護士 仲田隆明
  弁護士 橋口玲
  弁護士 太田健義
 最高裁判所御中
 一 原判決は建築士法一八条一項及び建築基準法六条についての重要事項につき法令解釈を誤るものであり、破棄されなければならない。
1 原判決は、4(二)において「工事監理契約は締結されなかったのであるから、Aには本件建物一の建築工事について工事監理を行うべき義務があったということはできない。」旨正当に認定しながら、「Aは、・・建築確認代行業務を履行した後、工事監理関係について放置したのであるから、右(建築士法一八条一項にいう誠実)義務に違反したというべきである」と結論付けているのは著しい矛盾があり、建築士法一八条一項の法令解釈を誤る、飛躍した解釈である。
Aは工事監理を行うべき義務がなかったのであるから、工事監理についてはいかなる職責も負わないはずであるのに、卒然として「工事監理関係について放置した」といい、そのことから建築士法違反と決めつけているのは明らかにこの解釈を誤ったものである。
右結論に至る前提として、原判決は、建築確認申請書工事監理者欄のAの氏名の記載及び「建築基準法第五条の二の規定による工事監理者の選定(変更)について(届)」と題する書面において、建築主である某がAを工事監理者として定めたとする記載をもって、Aが、建築主事に対し、本件建物一の建築工事について工事監理をする旨表明したと認定し、右表明がなければ建築確認申請がされなかったものであると認定するが、これも建築基準法六条の解釈を誤ったものである。
建築確認申請において確認の対象となるのは「当該建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びに命令、及び条例に適合するかどうか」だけであって(建築基準法六条一項)、それ以外の事項については審査の対象外なのである。工事監理者は、工事着工後に必要なことであって、建築確認に必要なことではない。にもかかわらず、建築確認申請書に監理者欄があり、これを表示することとされているのは、行政庁が建築に着工後、報告を求めることがあるから、その便宜のため予め記載を求めているに過ぎないのであって、記載されていないことを理由に確認申請の受理を大阪市が拒否することは出来ないのである。
むしろ法(建築基準法及び同施行規則、丙一号証、注意第二面関係〈4〉)は、建築確認申請時に工事監理者が未定であることを予定しているのである。
とすれば大阪市の行政指導が監理者欄空欄のままでは申請を受理しない扱いであったとしても、それには、法令の根拠がないものであり(行政手続法三二条)、Aの表示がなければ建築確認申請がされなかったということは出来ないはずである。
更にAの表示は、単に行政庁の法的根拠のない便宜のために求められたものに過ぎないのであるから、これをもって、「真実工事監理をすべき立場にある事実を表明した」と評価することは到底出来ないというべきである。ましてや右行政庁に対する表示をもって、行政庁に対して何らかの責任が生じうることがありうるのは格別として、私法上の責任が生ずる理由にならないというべきである。
2 次に建築士法一八条一項の誠実義務は、依頼者に対する義務を定めた精神的規定であって、直ちに私法上の義務となるものではない。仮にそうではないにせよ、その趣旨は、建築士が行う設計又は工事監理等の業務について、依頼者である建築主等に対して生ずるものであり、かつこれに尽きるというべきである。
ところが本件では、原判決も認めるように、監理に関しては信頼関係がないのであるから、これによって私法上の義務違反が生じる理由はない。
同条四項は、建築士が工事監理を行う場合についてであるが、「工事が設計図書のとおりに実施されていないと認めるときは、直ちに、工事施工者に注意を与え、工事施工者がこれに従わないときには、その旨を建築主に報告」する義務を課している。
つまり、同法は工事監理を引き受けた建築士さえ、違法建築がなされようとしている場合でも、それを直接正す権限はなく、建築主に報告しうるのみなのである。工事監理契約を締結している場合でも、原判決がいう法一八条一項の「誠実義務」の具体化は法文上、報告義務に尽きているのである。原判決はこの建築士法の趣旨を無視したものと言わざるを得ない。
まして工事監理契約が締結されていない場合においては、現場を見る権限も義務もないのであり、更に建築主でもない不確定な将来の買主に対してまで、法一八条四項の「報告義務」を拡張した義務を何人に対しても科すこと等出来ないはずである。
3 原判決は、「配慮義務」違反の中身として、「(建築主である)某が工事監理者なしで、あるいは実質上工事監理者がないような状態で工事をし危険な建物を建築することのないように配慮すべき」義務があるのに、これを怠り、「工事監理関係について放置した」ことをあげる。
しかしながら、このような配慮義務が、何故に、何ら契約関係にたたない原告に対しても生じるのか何ら根拠が示されていない。
のみならず右判示は、本件が建築主施工者が同じ場合であることを見過ごすものである。仮に建築士がそのような配慮をしたとしても、法一八条四項によれば、施工業者に注意し、建築主に報告したと仮定した場合、両者は同一であるから、不適合施工を承知の上でやっていることになり、建築主に報告しても無意味なのである。その意味において仮に配慮義務違反があったとしても、そのことと損害との間に因果関係はないものといわなければならない。
翻って考えれば、工事監理契約を締結していない本件において、建築士は現場を見る権限や義務もないし、建築主に報告することは無意味なのであるから、不適合施工の結果を回避する手段が与えられていないのである。とすれば建築士は何を配慮すればいいのか、原判決は、不可能を強いるものであり、到底是認できない。
またそもそも、本件建築士は「工事監理者がないような状態で危険な建物を建築する」等いう予見可能性すら存しないというべきである。
なぜなら建築主がどういう形で監理を行うかは、自らの判断でなすことであって、建築士として容喙する立場にない。後日委任することもあれば、資格のある他の建築士を工事監理者として定めることもあり得るのであって、それが決定しなければ建築確認申請が許されないわけではないからである。
これは建築主の選択の問題であり、むしろ建築確認申請手続きのみを代行した建築士としては、工事監理契約を結ばなかったのであるから、建築主の責任において、同社内の一級建築士を選ぶか、外部に委託するかで、工事監理建築士を選定すると認識するのが自然であり、そう認識していたのであるから(A第一八回調書一一頁)、原判決が指摘する予見可能性はなかったというべきであり、責任主義を不当に拡大させたものであり、誤りは明らかである。
更に原判決は「某は、Aに工事監理者である旨偽りの表明をするよう依頼するような手段を」用いる業者である旨述べるが、仮に、そうであっても、Aとしては、某に対して何らなすべき手段はなく、仮に何らかのことをしても、違法建築を阻止しうるわけではないのである。
原判決は建築士に対し、建築確認申請代行業務を依頼するという建築関係者の業務形態を全く無視したものであり、全く根拠がないと言うべきである。不適合施工をしたことと、建設会社が建築士に建築確認申請手続きを依頼するのは別次元のことであり、工事監理者欄の記名は、行政庁の法的根拠のない便宜が原因であることを全く見過ごしているものである。
結局Aが工事監理契約を放置したとの認定は出来るはずもなく、「配慮義務違反」も生じ得ない。又は仮に義務違反があったとしても損害との間に因果関係がないと言うべきである。
二 原判決は、控訴審裁判所たる高等裁判所の判例と相反する判断があり、法令解釈を誤るものであり、破棄されなければならない。
建築士法一八条について、最高裁の判例及び大審院の判例は存しない。
しかしながら原判決は、福岡高等裁判所昭和六一年(ネ)第九号損害賠償請求控訴事件昭和六一年一〇月一日判決判例タイムズ六三八号一八三頁と実質的に相反する判断をしていると言うべきである。
福岡判例は、工事監理契約を締結していた控訴人建築士の報告義務違反を認定しながらも、「施工ミスの結果に伴う不利益は、かかる粗雑な施工を行った業者を選定した建築主の責任として、甘受すべき」等の理由により、損害との因果関係を否定した判例である。つまり工事監理契約を締結した建築士が報告義務違反があったとしても、施工不良という結果を回避する可能性(建築主が無視する態度に出るであろうことが容易に認定できると福岡判例は判示している)がなかったこと、又は、損害との因果関係がないことを理由として、建築士の責任を否定しているのである。
ところが原判決は、工事監理契約が締結されていないことを認定しながらも、何らの根拠を示すことなく、「配慮義務違反」なるものを認め、しかも損害との因果関係を安易に認めているのであって、福岡判例と相反しているのが明らかである。
本件では、建築主と施工業者が同一であり、不適合施工を承知の上でやっていることになるのであるから、福岡判例と異なり建築主が建築士が無視することは必然であり、施工ミスの不利益を受けるのも当然なのであって、福岡判例以上に損害との因果関係がないことになることもまた明らかであるはずである。
とすれば原判決は、福岡判例と相反する判断があるものとして、破棄されなければならないのである。
 以上
 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です