建築とは-2

建築とは-2

前回のこのブログで、「建築」と言う言葉そのものの誤解にこそ、欠陥瑕疵を産む原罪があるのではないかという事の、さわりの部分をお伝えしました。

今回は、何故私が原罪とまで言うのかについて、お話ししたいと思います。

その前に、今回のブログの位置付けは、住宅瑕疵担保履行法の制度瑕疵評価し判定を下す主観的・客観的基準とは客観的基準とは建築とは、の第二回目となります。

では、本題に戻っていきたいと思います。

建築家-神谷武夫氏のkamit.jpより引用させていただきます。
先頃私は2冊の本を翻訳、上梓した。1冊はアンリ・スチールランの『イスラムの建築文化』(原書房)であり、もう1冊はジョン・ブルックスの『楽園のデザイン、イスラムの庭園文化』(鹿島出版会)であるが、それらの本の内容が本論のテーマではない。ここで話題にするのは、これらの翻訳体験を通して感じた、「建築」をめぐる言葉の訳し方の問題、ひいては「文化の翻訳」ということの困難さについてである。

別の言い方をすると、私が翻訳した『イスラムの建築文化』の原題は ” Architecture de l’ Islam ” であるから、その訳は「イスラムの建築」、あるいは もっと簡単に「イスラム建築」とすれば良さそうに見えるのに、あえて『イスラムの建築文化』としたことの理由である。

さて外国語の書物を翻訳するには、さまざまの辞典のお世話になる。まず第一に必要なのは、当然ながら外国語の辞典である。『イスラムの建築文化』はフランス語で書かれているので、手元には大小いくつかの仏和辞典と和仏辞典を置き、中でも白水社の『仏和大辞典』には大いにお世話になった。次いで必要とするのは日本語に関する辞典であって、各種の国語辞典や漢和辞典のほか、訳語を探す上では角川書店の『類語新辞典』が大いに役に立った。広く言葉や概念の意味を確かめるには、平凡社の『百科事典』、それに ラルースのフランス語の百科事典も欠かせない。

中略

さて後者の《建築》であるが、よく知られているように、わが国の建築界の総力をあげた(と宣伝文句にある)『建築大辞典』が、彰国社から出版されている。さぞかしこの辞典が役に立っただろう、と思われるかもしれない。しかし、実のところ、『イスラムの建築文化』を翻訳する上で、この辞典はほとんど役に立たなかった。

おかしいではないか、建築の本を翻訳するのに『建築大辞典』が役に立たない ということがあるものか、と思われるかもしれない。しかし、これは事実なのである。 この本の翻訳中に、建築関係の言葉を調べる時に私が利用したのは、むしろ 新潮社の『世界美術辞典』であった。建築の書物を翻訳するに際して、建築の言葉を調べるのに、『建築大辞典』よりも『世界美術辞典』の方が役に立つ、という事実の内に、『建築』という言葉をめぐる我が国の特殊事情がかいま見えるのである。それがどのような特殊事情であるかを、以下に考察してゆきたい。

まず最初に、簡単な英作文の問題を出題させていただきたい。今、桂離宮と法隆寺と伊勢神宮とを話題にしているとしよう。そこで、「これら三つの建築はとても美しい。」という文章を英語にしてみていただきたいのである。何だこれは、まるで中学一年生向きの英作文ではないか、と思われるかもしれない。構文としては確かにその通りなのであるが、これを正しく英語にする日本人はあまり多くないのである。おそらく大多数の人は、
These three architectures are very beautiful.
と訳すのではないだろうか。「建築」はArchitectureだから、「これら三つの建築」はThese three Architecturesだと思われやすい。けれど、これは誤りである。 正しい訳は、たとえば 次のようになる。
These three buildings are very beautiful.
どうしても Architecture という単語を使いたければ、
These three pieces of architecture are very beautiful.
あるいは、
These three works of architecture are very beautiful.
つまり ” Architecture ” という単語は、Peace(平和)とか、Music(音楽)と同じように 抽象名詞であるから、複数形をとらない。したがって物理的な「建物」をさしているときにはThree Buildings 、「建築作品」という意味では Three pieces of Architecture、または Three works of Architecture として、Architecture 自身はあくまでも単数形で用いる。(「多くの建築作品例」を指す場合にも、Many Architectures ではなく、Much Architectureである。 )
こうしたことは、海外に留学したり 現地の事務所勤めをしたことのある建築家でさえも、しばしば間違える点である。 要するに、英語の『アーキテクチュア』やフランス語の『アルシテクチュール』と 日本語の『建築』とは、イコールではないのである。

では ” Architecture ” という単語は決して複数形をとらないかというと、複数形をとることもある。それはどのような場合かというと、たとえば今、イスラム建築と 仏教建築と キリスト教建築とを話題にしているとする。この時には、These three Architectures と書くことが可能である。この場合のArchitectures は、タージ・マハル廟とかノートルダム大聖堂とか法隆寺といった、個々の建物をさしているのではない。イスラム圈の数々の建物をつらぬく建築の原理や文化、芸術をさしてIslamic Architecture(イスラム建築)と呼び、同様にBuddhist Architecture(仏教建築)、Christian Architecture(キリスト教建築)と合わせて、Three Architectures と言っているのである。

これで『アーキテクチュア』と『建築』との違いが、だいぶ見えてきた。日本語の『建築』という言葉は『アーキテクチュア』という意味にも用いられるが、一般的には むしろ「ビルディング」の意味で、あるいは動詞の「コンストラクト」(建設する)の意味で用いられている。にもかかわらず、英語の “Architecture”の訳語は『建築』ということになっているので、われわれが英作文を行うときには、ついArchitecture をも「建物」の意味に使ってしまいがちなのである。

では、『アーキテクチュア』と『建築』とのこのような違いはなぜ生じたのであろうか。『建築』という言葉は、「古語辞典」を引いてもそこに載っていないことから解るように、古くから日本にあった言葉ではない。江戸時代末期から明治時代の初めに新しく作られた言葉である。

わが国がそれまでの鎖国を解いて、西洋の文物を受け入れ始めたときに、時の指導者や学者たちが最も頭を悩ませたのは、それまでの日本にはなかった概念を輸入するときの、訳語の問題ではなかったろうか。それは単に言葉の問題であるばかりでなく、言葉をとおして、文化の制度を輸入するということだったからである。手持ちの和語や漢語をむりやり当てはめるだけではとても対応しきれずに、しばしば新しい言葉を造語する必要にもかられた。言ってみれば、これは単なる「言葉の翻訳」を越えた、「文化の翻訳」という問題でもあった。

「哲学」にしろ「科学」にしろ「芸術」にしろ、いずれも西洋文化を翻訳するために明治時代に造語された言葉である。「社会」はおろか、「恋愛」とか「彼女」までもその当時の造語であると聞いたら、意外に思われるであろうか。

医学用語にせよ、法律用語にせよ、西洋文化を翻訳することによって、学問にも実業にも困らないだけの用語体系を築きあげてきた。 建築用語もそのはずであったのだが、文化の翻訳の過程にはさまざまな困難がつきまとう。訳語だけが新しく造語されても、その実質が伴わない場合には、原語と訳語とのあいだにズレが生じてしまうからである。

『アーキテクチュア』と『建築』の場合が そうであった。『アーキテクチュア』が 文化、芸術上の概念であるのに対して、『建築』は物理的、工学的な意味を持たされてしまった。そのために、わが『建築大辞典』は「アーキテクチュア」についての大辞典ではなく、「建設工学」についての大辞典となってしまったのである。私の翻訳した “Architecture de l’ Islam” は、イスラムの「ビルディング・サイエンス」についての書物ではなく、イスラムの「アーキテクチュア」についての書物であるので、翻訳のうえで、『建築大辞典』よりも むしろ『世界美術辞典』の方が役に立つ、ということが起きるのである。

日本語では、『建築』という言葉は「土木」という言葉と組合わされて、「土木建築」とか「土建業者」などという使われ方をする。「土木」という言葉もまた、「シヴィル・エンジニアリング」の訳語としては問題が多いのであるが、それはひとまずおく。ここでは 建築が土木と組み合わせられて、「ビルディング」や「コンストラクション」という意味あいで世の中に用いられていることを再認しておこう。

一方英語では、 “Architecture” がおもに組合わされる相手は “Art” であって、 “Art and Architecture” という句には ひんぱんにお目にかかる。絵画や彫刻などの美術と建築とをくくる言葉だから、これは「美術、建築」と訳すよりも「造形芸術」という訳語が適当かもしれない。

このように『アーキテクチュア』という言葉が芸術上の概念であることが見えてくると、ここからもう一つの誤解が生まれてくる。それは、芸術的でない建物が「ビルディング」で、芸術的な建物を「アーキテクチュア」と呼ぶんだという考えである。「アーキテクチュア」が芸術上の概念ではあっても、物理的な 「建物」 を指す言葉ではない、ということはなかなか理解されにくい。どうしても 日本語の『建築』という言葉の意味に引きずられて、『アーキテクチュア』という言葉の意味をも誤解してしまうからである。

『アーキテクチュア』は、明治の初めには 主に「造家学」と訳されていた。それに異議を唱えて『建築』という訳語を確立したのが、大建築家であり、優れた建築史家でもあった伊東忠太である、ということは よく知られている。多くの場合、それは彼の名誉として語られるのであるが、ここでは、それを 彼の大いなる失敗であった、と言わねばならない。それを詳しくみる前にまず、『アーキテクチュア』という言葉が 本来どんな意味であるのかを確かめておこう。

アリストテレスの『形而上学』第5巻は「哲学用語辞典」となっていて、その第1章では「アルケー」という言葉が解説されている。アルケーとは、《ものごとの始まり、原理、始動因 》のことである。( 『 形而上学 』、岩波文庫、上巻)
「事物のアルケーというは....(五)動かされるものどもがそのように動かされ、転化するものどもがそのように転化するのは 或る者の意志によってであるとき、この或る者がまたアルケーと呼ばれる。 ...諸々の技術(テクネー)においても、ことに 建築関係の諸技術を指図する 建築家(アルキテクトーン)の術が、アルキテクトニケーと呼ばれるのは そのためである。」
この「アルキテクトニケー・テクネー」(諸芸を統轄する原理)が、ラテン語の「アルキテクトゥーラ」を経て、フランス語の「アルシテクチュール」や、英語の「アーキテクチュア」その他の 語源となっているのである。

伊藤忠太
伊東忠太は、「『アーキテクチュ-ル』の本義を論じて其の訳字を選定し我が造家学会の改名を望む」という有名な論文において、次のように書いている。( 『 伊東忠太建築文献 』 第6巻、龍吟社、1937 より、現代仮名づかいとする )
「『アーキテクチュ-ル』の語原は ギリシャに在り、正しくは大匠道と訳すべく、高等芸術と訳すも可なり。しかれどもギリシャ人は自らこの語を用いしことあらず、ローマ人これをもって宮殿、寺院等を設計築造するの芸術に命名せしより、伝えて今日に至り、その本邦に伝来するや、あるいはこれを訳して建築術といい建築学といい、もしくは造家学というに至り、ついにこれを攻究するの造家学会を現出するに至りたり。」

この書き出しをもって、彼は「造家学会」を「建築学会」と改名するよう主張し、3年後にそれは実現する運びとなった。その論旨はこうである。『アーキテクチュール』が一科の美術であるか、あるいは一科の工学であるかは様々に議論されているが、自分としては、『アーキテクチュール』は世のいわゆるFine Art に属すべきものにして、Industrial Art に属すべきものではないと思う。また『アーキテクチュール』の訳語についても二通りあり、「一はこれを造家学といい、我が帝国大学これを唱う。一はこれを建築術といい、美術家の一派これに従う」。しかし、「『アーキテクチュール』の本義は単に「家屋を築造するの術」にはないのだから、「造家学会」という名前はまずい。 ではどうするか。
「『アーキテクチュ-ル』の語は、これを我が国語に翻訳することあたわざるも、強いてこれを付会すれば、則ちこれを建築術と訳するの 尤も近きに如くはなし。」

こうして『建築』という言葉が前面に押し出されたのであるが、これは彼の造語ではない。この論文が書かれた明治 27年までに広く流布していた言葉であった。では、伊東忠太は『建築』という言葉を、本当に適切な訳語と考えていたのであろうか。実は同論文の中に、彼は次のように書いているのである。
(訳語として)「しからば 建築の文字は如何、その意義の茫漠たるがために、これを造家の字に比すれば却って妥当に近きものあり。しかれども『アーキテクチュール』の文字に初めより 建築 なる意味を有せず、かつ往々にして土木と相衝突し、相混同するの嫌いなきあたわず、橋梁におけるが如きはその例なり。建築 の文字は 未だ適当なる訳字にはあらざるなり。」
彼は『建築』という訳語を、適切とは考えていなかったのである。

彼が正しい訳語と考えたのは、この論文の冒頭にある「大匠道」、ないし「高等芸術」であった。その字義の妥当さは、先ほどのアリストテレスの解説で明らかであろう。にもかかわらず、彼は『建築』という訳語で妥協してしまったのである。「建てる、築く」という意味の『建築』なる語は、「コンストラクション」の訳語ではありえても、『アーキテクチュア』とイコールで結べるわけもなかったのだが、しかし「造家」なり「建築」なりの言葉が広く用いられている以上、それらをひっくりかえして「大匠道」というような新たな造語を世の中に認めさせるのは難しい、と考えたのであろう。少なくとも「造家」よりはましな(と思われた)『建築』という訳語で妥協してしまったのである。

これは、伊東忠太の大いなる失敗であった。その後の「建築」をめぐる言葉の混乱ばかりでなく、世の中の「建築」にたいする理解にとっても、「建築家」の仕事にたいする理解にとっても、それは大きな障害になったのである。

ただ、一つ伊東忠太の弁護をしておくなら、彼は『アーキテクチュール』の訳語として、本当は「建築」ではなく「建築術」の語を選んだのである。もしそのとおりの訳語が普及していれば(「美術」や「芸術」のように)、『アーキテクチュア』が物理的な「建物」を指すというような誤解は、生まれにくかったことだろう。

さて私は 拙訳書の題名を『イスラムの建築文化』としたのだが、逆に「建築文化」という言葉は、英語では何と言うのだろうか。文字どおりに訳せば ” Architectural Culture ” というところだろうが、しかし英語の本を読んでいてこんな言葉に出会うことは まずない。フランス語で ” Culture Architecturale ” という言葉に出会わないのと同様である。それは何故かというと、そのような言い方は必要でない、『アーキテクチュア』という言葉は 初めから「建物に関する芸術、文化」という意味を含んでいるのだから、「建築文化」の訳語は ” Architecture ” の一語で十分なのである。

ここで 思い出していただきたいのは、ブルーノ・タウトの有名な 『建築芸術論』(岩波書店)という本である。 この題名は、野田俊彦の『建築非芸術論』との類似によって、「建築は芸術である」ことを論じた書物であると誤解されやすい。しかしヨーロッパ人であるタウトにとって、建築が芸術であるのは自明の理であるのだから、そんなことをわざわざ証明しようとしたのではなく、「建築とはどのような芸術であるのか」ということを探求した書物なのである。「建築とは 釣合の芸術である」と。

そもそもこの本の原題は “Architekturlehre”(建築論)である。にもかかわらず、訳者の篠田英雄氏はこれを『建築芸術論』と訳した。日本では『建築』という言葉が 物理的な「建物」や、工学的な「建設」と同義に用いられていることを考えるなら、この本は「建設工学」に関する論考ではないのだから、『建築論』よりも『建築芸術論』と訳すべきだ と判断したのである。

私が “Architecture de l’ Islam” を『イスラムの建築文化』と訳したのもそれと全く同じであって、「芸術」と「文化」の どちらに力点がおかれているかによって、『アーキテクチュア』を「建築芸術」と訳したり、「建築文化」と訳したりするのである。しかしそれも題名ぐらいならよいが、たえず「建築芸術」とか「建築文化」とか訳しているわけにはいかない。通常は どうしても簡単に『建築』と訳してしまう。あとは「建物」とか「建設」という意味では決して『建築』という語を使わないようにするほかはない。

ところが、こんな小細工では とても太刀打ちできない大きな障害がある。それは『建築基準法』である。この法律では言葉の定義がなされていて、第2条、第 13項に『建築』という言葉の定義として、
「建築物を新築し、増築し、改築し、又は移転することをいう。」
と書いてある。これが国家の定めた、『建築』という言葉の定義である。これに従って世の中では、建築、新築、改築、増築、建築業、建築屋、建築会社、建築資金、建築確認、建築面積、違反建築、耐火建築、建築解体業、というような一連の言葉の用法が定着しているのだから、『建築』という言葉が『アーキテクチュア』ではなく、「ビルディング」や「コンストラクション」という意味で理解されてしまうのは当然のことである。

同様にして、『建築家』という言葉も正しく理解されるわけがない。その文字通りの意味が「アーキテクト」であるよりは「ビルダー」なのだから。おまけに「建築士」との区別など一般の人には理解しがたく、最近では建物の設計をする人全体をさして「設計士」なる言葉が流布し、自ら そう名乗る人たちも出てきているくらいである。「建築」や「建築家」をめぐる言葉の混乱は、拡大する一途のようにみえる。

では『アーキテクチュア』にたいする訳語として『建築』の語がまずいのであれば、どのような訳語が望ましいのであろうか。伊東忠太は『大匠道』という造語をしていながら、自らそれを放棄してしまった。また「哲学」その他の多くの造語をなした西周(にしあまね)は 、『美妙学説』(明治 10年)の中で『工匠術』という語を用いているのだが、「工匠」とは大工や職人をさす言葉であるからうまくないだろう。(伊東忠太の『大匠道』というのは、この点をふまえての造語であったと思われる。)

『アーキテクチュア』がアリストテレスのいう「諸芸の原理」であるのなら、私ならば『原術』と訳したことだろう。『建築』という訳語に慣れすぎているので、『原術』などという言葉は奇妙に感じられもしようし、「芸術」や「幻術」とまぎらわしいと思われもしよう。しかし原語の意味自体は かなり正しく伝えているし、物理的な「建物」と取り違えることはありえない。

そしてまた『原術』ならば、建物の原理ばかりでなく、造船の原理 ( Naval Architecture) や、造園の原理( Landscape Architecture) 、そしてコンピュータの原理をも『アーキテクチュア』と呼ぶことに納得が行くのである。

中略

《 補遺 》
「アーキテクチュア」という言葉の意味は、次のような例文を見る時に、よりはっきりするであろう。建築史家のジョージ・ミシェルが、ペマヤンツェの僧院について解説している文章である。 (George Michell : The Penguin Guide to the Monuments of India, vol.1, p.249、下線引用者)
“The complex consists of a main prayer hall surrounded by a school, a kitchen and residences. The architecture of the buildings is typical of the eastern Himalayas, with painted masonry walls overhung by steeply gabled roofs; the doorways and windows are surrounded by brightly coloured bands.”
下線部分を訳すのに、現在普通に用いられている用語法をもってすれば、
「これらの建築の建築は、東部ヒマラヤ地方に典型的なものである。」
ということになるが、これでは何のことやらわからない。これに対して、次のような訳文ならば、その意味がはっきりするであろう。
「これらの建物の原術は、東部ヒマラヤ地方に典型的なものである。」
つまりarchitecture というのは、物理的な建物をさす言葉ではなく、建物に込められた方法や表現をさしているのである。このような場合に現代の日本語では、
「これらの建物のデザインは、...」
と言うところであろうが、「原術」(アーキテクチュア)というのは単に形や様式ということではなく、その文化の総体を意味している。

またフランスの大革命時代の建築家、ブレに次のような言葉がある。(”Les Architectes de la Liberté” p.11、下線引用者)
“C’est cette production de l’esprit, c’est cette création, qui constituel’architecture, que nous pouvons, en consequence, définir l’art de produire et de porter à la perfection tout édifice quelconque.”
この文の下線部分を 単独の文章として訳せば、次のようになる。まず普通の用語法では、
「建築とは、どんな建築であれ、それを生成させ、完全に仕上げる芸術である、と定義することができる。」
これを 「原術」 という言葉を用いて訳せば、
「原術とは、どんな建物であれ、それを生成させ、完全に仕上げる芸術である、と定義することができる。」
つまり、物理的な存在としての「建物」(エディフィス)に内在する芸術、方法が「原術」(アルシテクチュール) なのである。

一方、現代の日本語における「建築」という言葉の意味を示すものとして、新聞の投書欄における、ある建築家の文章を掲げる。 (朝日新聞、1991年 3月 6日朝刊、太字引用者)
「建築業界では、設計が終わっても施工者が決まらず、..(中略)..税金対策で建築することが多いからだ。しかも、地価に比べて相対的に建築費用を安く感じ、コストに鈍感になっている。このような実需とはいえないブームに乗り、建築費も高騰してしまった。業者が利潤を上げやすい工事へ走るのは責められないが、平均コストの上昇で、零細な建築主の小ビルや住宅にしわ寄せが出はじめている。高騰した地価に建築費が連動してしまったのだ。不要不急の建築を控える以外、自営手段はあるまいが、地価と建築費の高騰というダブルパンチで、..(後略)。」
短い文章の中に、「建築」という言葉が全部で8ヵ所出てくる。ところがこれらは全て「建設」という意味で使われていて、「アーキテクチュア」の意味で用いられているところは1ヵ所もない。投書の主は日本建築家協会会員の建築家である。建築家自身が「建築」という言葉をこのように用いているのだから、一般の人が「建築」を アーキテクチュアの意味に理解するわけがないのである。

「つまりarchitectureというのは、物理的な建物をさす言葉ではなく、建物に込められた方法や表現をさしている」これが、建築家-神谷武夫氏をして「建築」という言葉の原意なのです。

建築家-神谷武夫氏のページには「禁無断転載 ・リンクは自由にお張り下さい」と記載されておりますので、後日建築家-神谷武夫氏より承諾を頂きたいと思いますが、本日今現在承諾を頂いておりませんので、削除要請があるかもしれません。その節は、削除させていただきます。尚、建築家-神谷武夫氏の記述を尊重して、極力文章自体には手を加えずに転載させていただきました。

http://www.kamit.jp/16_essay/essay.htm
http://www.kamit.jp/16_essay/bunka.htm
http://www.kamit.jp/16_essay/profess.htm
http://www.kamit.jp/16_essay/aimai.htm
興味のある方は、是非ともリンク先をご覧頂きたいと存じます。かなり、ショキングな内容となっております。

また、この言葉の意味が違うということだけでなく、この事を原罪としてこの国の建設産業構造が構築され、且つそれに関連する全ての関係者の利害もが複雑に絡み合った状態を、作り出してしまっているのです。

そして、このこと自体が建築物の欠陥瑕疵を産む、最大の原因となっているのです。

次回はその詳細をお伝えします。

文責 釈迦牟尼仏(ニクルベ) 建太

次回に続く建築業界に物申すまとめ-2

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