杭データ改ざん事件160105

杭データ改ざん事件160105

本来、杭は“やむを得ず打つ”ものだ
建物の基礎工事を基礎の基礎から・01

•編集Y
2015年11月19日(木)
三井不動産レジデンシャルが2006年に販売した「パークシティLaLa横浜」が、杭工事の不良が原因とみられる傾斜で生じた問題(以下、傾斜マンション問題)は、単なる現場のミスとその隠蔽という構図で納得するにはあまりに不可解だ。そして、その不可解さのかなりの部分は、建築に縁のない人間には分かりづらい用語や、業界の“常識”ゆえに説明がされていないことによる、と思う。かくいう自分も建築に人並みの興味はあるがそれだけだ。
分からないことを専門家に聞き、勉強の課程を公開
開き直って言えば、「何が分からないか」を、普通の社会人の仮の代表として専門家に聞けるのが、自分の仕事の最大の意味だと思っている(間違うことに開き直っているわけではありませんので、そこはどうか誤解無きようお願いします)。そこで、今回の問題についての、自分の事前取材ノートを作るつもりで、専門家の方々にインタビューをさせていただいた。傾斜マンションやの問題についての新事実の発表やコメントを、冷静に読み解く土台にしようと思う。読者の皆様が関連ニュースを見る際に、ちょっとでも参考にしていただけたら幸いだ。
まずは「杭」についての技術的な基礎知識からいこうと思う。なぜ建築物にが必要なのか、公的な基準はあるのか、そもそも、地下の杭がきちんと施工されているかどうかがどうやれば分かるのか。知りたいことはたくさんある。いきなりメインに行くのが記事の常道だが、今回は技術者・専門家の方々の作法に則り、基礎の基礎から順序立てて進めていく。それによって、建築に携わる技術者の考え方、理念、“常識”に近づくことができるように思う。
協力していただいたのは、日本でも指折りの大手ゼネコン技術職の方々だ。今回の事件への評価・分析ではなく、客観的・技術的な事実を伺うので、本来ならば社名やお名前を記したいところなのだが、「万一にも他社を批判するように見えては」とのことで、匿名ということになった。ご了解いただきたい。
そもそも、はなぜ必要か?
いきなりなんですが、建築物の杭はなんのために必要か、からお願いします。がないと建物がその重さで、地面に沈んでしまうから」で、合っていますでしょうか。
K:あ、その前に、土木と建築を区別してください。似て非なるところがありまして、「建築ではこう思うけれど、土木ではこう思う」という違いが、意外にあるんですよ。
M:そうなんですよ。
これからうかがうのは、建物の場合のの話ということですか。あれ、そもそも「建築」ってどういう定義になるんですか。
M:これは簡単で、屋根があって柱があれば建築物です。
ではまず、「建物のの役割」ということですね。いろいろな定義の方法はあるんですけれども、「建築基準法」という、建物を造るときに守らなければならない法律があって、その「施行令」という、1つ下の段階の38条の中にこういう文章が書いてあります。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/111600011/111600001/
「建築基準法施行令第38条」より
建築物の基礎は、建築物に作用する荷重または外力を安全に地盤に伝え、かつ、地盤の沈下または変形に対して構造耐力上安全なものとしなければならない。

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建物の荷重、重さ、それと「建物にかかる外からの力」というのは。
M:強い風や、地震の際の揺れなどですね。最初におっしゃったように、軟らかい地盤に建物を載せると、やはりずーっと沈んでいったり傾いていったりと、いろいろな問題がありますので、軟らかい地盤に建てるときには、図にありますように杭を付けて、固い地盤に建築物の自重を伝えようというのが、の役割のひとつです。
にかかる力は建物の重さだけではない。地震による地盤の揺れもあるし、建物が揺れればに掛かる力が変動する(図はお話をもとに編集部で制作しました)
ひとつ、とおっしゃいましたが、他にもありますか。
M:まず、常に自重、重さが縦の鉛直方向の力として作用しているんですね。この力が常にかかり続ける中で、さらに地震があると横に揺れますので、その力も来ると。縦の力と横の力が来るということなんですね。
もうひとつは、建物が揺れると、揺らいだ側がちょっと重くなったり、反対側は軽くなったりするんです。地震の際はこういうのを繰り返しますから、縦の鉛直力の方も変わるんですよ。時々刻々と。さらに言うと、場所によっては地滑りで斜面の土砂が押し寄せてくるかもしれない。そういう力が建物や地盤にかかっても、が支えるようにするというのも、1つの役割としてあると思われます。
先端支持力摩擦で建物を支える
なるほど、単に自重だけではないんですか。ん、建築基準法では「」ではなく「基礎」と言っていますね。
M:ええ。最初から固い地盤に建てるならば、杭の必要は無いわけです。基礎の一部で、軟らかい地盤に建てる際に必要になるのです。
そうか。ということは、地盤が軟らかくても、建物が軽ければ沈まないからの必要が無い、ということも?
M:ありますね。たとえば戸建てはを打たないことが多いと思います。もちろん、その場合でも必要な安全性を確保できると分かった上での判断ですので、ご心配なく。
法律の言葉に戻って、「地盤の沈下または変形」というのは。
M:例えば「液状化」という現象が地震のときにありますよね。そういう特殊な場合に発生する力に対しても耐えるように造るのが、法律上の要件ということになっております。
は、当たり前ですけれど、固い地盤に刺さることで建物の重さを支えたり、液状化に耐えるんですよね。
M:いえいえ、固い地盤に刺さることだけではないですよ。次の図に、杭がどんなふうに、かかる力を支えるかを描いたんですけれど、下の濃い色のところが固い地盤だと思ってください。いまはそこまで届いているわけです。

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建物の重さは、の周りの地盤との摩擦力杭周面摩擦)と、杭の先端が固い地盤に刺さること(先端支持力)で支えられる(図は編集部が制作。色は力が発生するエリアをきわめて簡略的に示すもので、発生する力の大きさとは無関係です)
建物の重さが杭に掛かると、杭の横にある軟らかい地盤がずれる力が働くんですね。これが、「杭周面摩擦」です。さらに下の方に行くと、今度は固い地盤に刺さっていて、先端が地盤に貫入しようとするわけですね。これを「先端支持力」と言います。この2つが杭を支える力として働いています。
通常、摩擦は、杭の周りの地盤のみに働きます。それに対して、先端の方は地盤にめり込もうとして、(地盤の)広いところまで動かそうとするので、(その反対の力である)支持力としては、先端支持力のほうが非常に大きくなるわけです。
摩擦先端支持力のふたつで支える、と。「この建物には、これこれの支持力を持つようにせよ」という、公の決まりはあるんでしょうか。
M:いろいろな方法があるんですけれども、通常は国土交通省が出している告示で決めております。「耐力、支持力はどれくらいにしなさいよ」という式があるんですね。国土交通省告示第1113号)の「第5 基礎ぐいの許容支持力を定める方法は、基礎ぐいの種類に応じて、次の各号に定めるところによるものとする。」の項を参照すると出ております。長期に生ずる力と、短期に生ずる力に分かれています。
支持層」という地層や、具体的な定義は存在しない
「長期に生ずる力」と「短期に生ずる力」というのは。

M:長期というのは、建物の重量のように長い間働く状態で生じる縦方向、鉛直方向の支持力ということになります。短期というのは、地震の際です。地震でちょっと揺れているときに掛かる力に対しては、長期の2倍までは安定して支持できる、という決め方になっています。
思ったよりざっくりした感じですね。
M:いえ、支持力地盤を実際に調べてみないと分からないところが多いので、調査した地盤の硬さなどの値を使って計算するように、と、告示第1113号に書かれています。しかも、の種類もいろいろあり、その特徴に応じて、式も変わってくる。
建物の重さなどに応じて必要な支持力が出て、それを実現するには、どの地盤にどういう杭を打つかを考える、支持力算定の基礎的な基準は、国土交通省告示に従う、という流れと理解していいですか。
M:結構です。
で、問題はその固い地盤ですよね。そこをどう確認するのか。
M:今回の事件でクローズアップされている、「支持層」ですね。実は「支持層」という名前の地層があるわけではないんです。
では、法律上の定義とかですか?
M:法律上は、さきほどの施行令の38条の下の方に「良好な地盤に達する」という表現があるんですね。この、良好な地盤というのはどういう地盤かということについては、具体的には何もないんですね。
「建築基準法施行令第38条」より
基礎の底部(基礎ぐいを使用する場合にあっては、当該基礎ぐいの先端)を良好な地盤に達することとしなければならない。
あ、そうなんですか。
M:はい。「地盤が硬ければいいだろう」という話ではあるんですけれども、何を持って良好な地盤とするかについては、の使い方によって変わってきます。
良好な地盤かどうかは、の使い方で変わる…。
M:の使い方にはざっと3つのやり方があって、さきほどまでお話ししていた、支持層に打ち込む「支持杭」、そして「摩擦杭」、そして「その他」。摩擦杭は、硬い地層まで入れないで、途中で止めるというやり方なんですね。支持層がかなり深くにあって、建物も軽ければ、杭の摩擦だけでサポートできると判断した場合に使われます。
「何が何でも固い地盤に打て」は間違い?
なるほど。支持層に突き立てない杭もある。

M:具体的には、郊外のショッピングセンターのような、2階建てとかで面積が広くて、というようなものですと、地下30メートル、40メートルというところまで杭を打たなくても、摩擦だけで持つだろうということになるわけですね。
つまり、「良好な地盤」とはその上に建つ建物によって変わってくるから、固い地盤とは限らないということですか。
M:その通りです。建築基準法が求めているのは、建物を安全にサポートするということと、それからそれをサポートするための地盤にちゃんと建てろということで、どういう地盤が重要かということは、建物によると。
そうか、それはそうですね。
M:それはそうですよね。どんな建物でも硬い層のところまでを打つというのはちょっと無駄というか、そこまでのことは要求はされていません。経済的にもそういうことなんだろうと思います。
もう1つの、「その他」というのは、杭を打たない場合(=直接基礎)ですか?
M:いえ、これは特殊なんですけど、最近よく使われる方法でして。建物の一番下にコンクリートのスラブ…というか板があって、その上に柱や壁が立っているわけですね。先ほどのお話のように、普通、スラブ下の地盤が十分に硬ければ、建物の底板(ていばん)のスラブで支えて、は使わないんですよ。でも、安定化させるためにここにさらにを打つということもやるんですね。それが「その他」の内容です。
それは、お話にあった「なんでもかんでもを打つのは無駄」ではないんですか?
M:例えば建物の一部が高層で、残りが低層の場合は、高層部の下にだけを足す、といったケースが考えられます。低いところについては、杭を足さなくても地盤がもともといいので、はいらないでしょう、という。
ああ、なるほど。
M:「状況に応じて、適切にを置く」というのが、根本的な考え方です。「支持層」という言葉が、工事の必須条件のようなイメージになっていますけれども、大事なのは「建物によって異なる、良好な地盤」に支持させるということです。
仰りたいのは、「何でもかんでも支持層というところにをがっつり刺さないとだめなんだ」という理解だと、ちょっと誤るよ、ということですね。
M:ちょっと誤るということですね。はい。まさにそういうことですね。

建物は本来、「が要らない」ところに建てるべき
M:ちなみに今いらっしゃるこの建物は、直接基礎なので、はないんです。先ほど言ったコンクリートそのもので支えられている。
建物を建てる上で、非常に恵まれた場所ということですね。を打たなくてもいいから、コストも工期も掛からないし。ラッキーですね。
M:幸運といいますか、本来ですと建物は、そういうところに建てないといけないのです。
あ、そうか、原理原則で言えば、建築物はがいらないようなところに建てるのが望ましい。むしろそう考えるべきなのか。
M:しかし、やはり日本の土地というのは平野が少ないものですから。しかも河川が運んだ土砂が堆積してできた沖積平野がほとんどです。こういうところは地盤が軟らかく、が無いと大きな建物は作れません。
でも、人が多い、商業活動が盛んなのはどうしてもそういう平野部になる。
M:そう、やはりそういうところに建設の需要が発生します。本来はがいらないような場所に建てたくても、日本では、どうしてもそれ以外のところを選ばざるを得ない、建てざるを得ないということはあるわけです。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「施行令」を「施工例」「施行例」としていた箇所がありました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2015/11/19 15:20]

ボーリング調査の本数は「決まっていない」
建物の基礎工事を基礎の基礎から・02

•編集Y
2015年11月27日(金)
前回の記事には思いの外のご高評をいただきました。自分が分からないことを淡々と伺っているだけなので、お恥ずかしい限りです。物わかりの悪さが評価されることがあるとは。気を引き締めて続けて参ります。
さて、ここまでのお話を簡単にまとめておきましょう。
は、軟弱な地盤の上に建物を建てる際に用いられる基礎の方法の一つ。建物の重さを支えて安定した地盤へ伝えるのはもちろん、風雨、地盤の流動化などの影響に耐えることが要求される。
は固い地盤に突き立てないとダメかというと、そういうことでもない。要は、上に載せる建物によって違う。杭の周囲と地盤との摩擦力によって支えるやり方もある。

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•「支持層」という言葉が有名になったが、これはそういう名前の地層があるのではなく、「その建物を支えるに足る“良好な地盤”」のことで、一律の定義があるわけではない。
•そもそも、建物を建てるなら固い地盤の上に、なしで直に立てるのが望ましい。けれど、日本では平野部のほとんどが、河川が運ぶ土砂が堆積して出来ている「沖積平野」。だから、軟弱な地盤に建てねばならないことが多い。そういう意味では杭は「やむを得ず打つ」もの、とも言える。

と、だいたいそんなお話を前回伺いました。
M:ですので、基礎を含め建物の設計を行うには、いの一番に、建物が建つ地盤調査が欠かせないわけです。今回は、その地盤をどう調査するかをお話しします。
専門の調査会社がありますよね。そこに依頼するのではないんですか。
M:はい、地盤調査は専業者がいるわけなんですけれども、基礎設計施工で最も重要ですので、丸投げしてお任せ、というわけにはいきません。
最も重要、そうなんですか?
M:はい、基礎工事自体が、建築コストや工期の大きな部分を占めています。ここがいいかげんで、計画の変更や、最悪「やり直し」ということになれば、建築計画全体に非常に大きなダメージが生じます。
文字通り基礎ですものね、ここで間違いがあれば全てが台無し。なるほど。
M:そこで、日本建築学会ではこういう本を出しています。

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『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』(日本建築学会)。後ろは、にわか勉強中の資料の一部です…。
M:「建築物を設計するためにはどんなふうに地盤調査したらいいか」という、指針を書くだけで、これだけのボリュームのある本が作れてしまうのです。そして、これでも網羅できてはいないんですね。日本国内で想定されるいろいろな状況で、一般性のある部分を書くだけで、この1冊が必要なんです。
地下水のお話もしますか?
それでも書き切れないところといいますと。
M:例えば環境の問題ですかね。環境汚染、土壌汚染の調査などです。土壌汚染が建築の基礎工事やに関係があるかというと…。
あまりなさそうですよね。
M:そう思われますよね。ところが土壌汚染物質は地盤の中にたまるんですね。地盤/の中には地下水がいっぱい流れているんですよ。比重が重い金属物質などがあると、それが下に落ちて、地下水が流れない層の上に水たまりのようになっている。もし、その水たまりを貫通するようにを作ると、汚染した水を上下にばらまくんですよ。
なるほど。
M:を施工するときには、地盤はもちろん、土壌汚染なども踏まえて計画を立てねばなりません。地形や地質に加えて、地史、過去にその土地をどのように利用してきたか、などかなり広い範囲のことを調べ、その上で問題になりそうな箇所を実際に調査するための計画を立てることになります。もちろん、作る建物によっても調査内容は変わってきます。

どんなステップを踏むのですか。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/111600011/112400002/?leaf_cx
M:第一段階として、建物の規模と、作る場所が決まれば、「だいたい基礎構造はこんな形式が選ばれますよ」という、一般的な選択肢が出てきます。その土地がしっかりした地盤を持っているかどうかは、過去の地盤調査のデータなどを参照すれば、仮説を立てることができます。
この「一般的な選択肢」については、『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』表1.5.1(P13)をご覧いただくと例が示されています。転載したいのですが、日本建築学会はインターネット上への転載を一切認めていないとのことでしたので、せめて資料名を記させていただきます。
次のステップは、その土地に建てた場合に起こり得る現象の予測です。「普通に使っている状態、大きな地震に見舞われた場合、それぞれどういう現象が起こることが考えられるか」、です。
たとえば?
M:通常の状態ならば、地盤沈下建物不同沈下、地震の場合なら液状化や地滑りなどです。
不同沈下。建物が傾く現象ですね。
M:そして、起こり得ることが分かれば、具体的にそれをどういう方法で調査したらいいか考えるわけですね。このようにして、地盤に対する膨大な調査のポイントを絞り込んでいって、計画を立てるのです。
調査は…大きく分けると「事前調査」「原位置調査」「室内土質試験」ですか。
M:ええ。地形を見に行くとか、行政の資料を見るとかの「事前調査」、実際に地盤で穴を開けてみる「原位置調査」、穴を開けたところからサンプルを採ってきて試験を行う「室内土質試験」です。
一番重要なのは、やっぱり現地でボーリングで穴を開けて、どれくらい地盤が固いかを深さ方向に調べる調査です。杭の施工不良問題で、地盤の堅さだけが注目されていますが、実は非常に重要かつやっかいなのは、地下水なんです。これもボーリングで調査します。
ちなみに地下水って、トンネルの中を流れているようなイメージですか。それとも土の中を水が浸透している層が広がっているようなイメージなんですか。
M:地盤によるんですけれども、深い方の地盤は、石ころの間を水が流れるような感じですね。地層によっては空洞というほどではないんですけど、小さな穴でもあれば、容易にそこに水が流れてしまいますので、そうするとまさにトンネルを流れるような感じに。
そういうこともあるんですね。
M:あります。はい。これは本当に地層、地盤次第です。石の塊があったり、木の根っこがあったり、そういうのでも変わってきますので。穴を開けるポイントの調査と、全体的に敷地全体を調査する地下水流の調査とか、そういうのを併用しながら、地盤はどうなっているかというのを確認するという作業があるわけですね。私も話し出すと止まらないので、これだけで軽く1時間くらいの話になりますが…。
地面の下は最終的には「誰にも分からない」
わかりました。地下水についてはまた機会がありましたら。
M:結局、日本の国土のほとんどは山なんですよ。
そうですよね。
M:ということは、山から水が流れれば、流れた土地には、水と、水が運んだ土砂がいっぱいたまっていく、ということになりますよね。
沖積平野だから、地盤が緩いわ、地下水があるわ。
M:さらに地震があったりすると、地盤がぐっと動いたりするわけですよね。そこで断層みたいな地層の切れ目ができるわけです。火山の噴火で別の種類の土が積もったりもします。有名な「関東ローム層」がそうです。河川の影響、地震、火山の影響、これらが狭い範囲で入り乱れているのが日本の特徴なのです。この辺が、技術者にとりましては非常に楽しみといいますか、非常に面白いところなんですが。
難しい分、やりがいがあって面白いところなんですね。
K:悪条件だけに、工期を含めコストがかかりますが、逆に、こういうのを高度に判断して設計すれば、コストが下がるわけですよ。
下がりますか。
K:下がります。結局、地面の下のことは最終的には分かりません。だから、基礎の設計はもともとすごい安全率を採っているのです。
M:そうです。例えば、建物の重さのように常に作用する力に対するコンクリートの圧縮強度については、いろいろな条件はありますが、単純に言うと、地上部分に使う場合は安全率3で、杭に使う場合は安全率4.5となります。同じ力に対して、杭に使う場合は1.5倍のコンクリート強度が要求されます。また、地盤に作用する応力や支持力の評価では、予測を外しても安全になるように設計段階で余裕を持たせています。
すごい安全率を用いるのはなぜでしょうか。
K:怖いからです。なぜ怖いかと言えば、誰も本当の地層の姿を見ることができないからです。
M:「最終的には分からない」というのは、そういうことです。
地面の下ですからね…。
K:ですから、建物の地上部分に比べると、基礎は大きな安全率を取っています。一方で、地盤の状態を的確に調査して、「これはこうなっている」と確信が持てるようになれば、無駄な施工を止めることができますから、どんどんコストが下がるんですよ。
M:トラブルが予測できれば、対策が採りやすくなるわけですよね。「この現場では、これこれの現象だけがリスクだ」、と確信できれば、その対策だけ施せばいいということになる。何が起こるか分からなければ、ありとあらゆる対策を採らないといけない。

ああ、極端に言うと、「何も調べずにここに建ててください」と言われたら、「じゃあ、長い長いをたくさん、がんがん打ちますか」という話にせざるを得ないわけで。
M:要はそういうことです。見えない世界を相手に、どれだけリスクを切り下げ、かつコストも引き下げることができるか。そういう世界がこの地盤調査という分野です。
面白いですね。横浜の事例でも、施工前の調査が足りなかったのでは、という指摘もありますが。もっとたくさんボーリング調査をやっていれば、とか。
調べれば調べるほどいいか?
M:あくまで一般論でしかお答えできませんが、時間と予算が無限にない限り、「調べれば調べるほどいい」というものではやっぱりないんですね。何を調べるかを決めるところが重要なんです。
はい。
M:ですが「どれぐらい調べればいいか」というのも、なかなか言いようがないんですね。
ないんですか。
M:はい。ないです。ここを読んでみてください。
ええと、「調査本数は、建築物の要求性能および確保すべき安全余裕の信頼性に応じて決定すべきものであるが、建築基礎設計では地盤に関する信頼性を定量的に評価できる段階ではないと判断し、明確な数字は示していない」(『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』P22)。本当だ。今のところ手に負えない、と言っている。
M:例えば、建築構造物で一般にどれくらい調べられているかといいますと、一応、「建物の面積に応じてボーリングを何本」という目安はある。今までの経験上これぐらいやっておけば、建物として造るにはまず問題はないだろうというのは、だいたいはあるんですね。

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金子 治 金井重夫:地盤調査の現状と最新の動向 2006年度日本建築学会大会パネルディスカッション資料より。転載をご許可下さったお二人に感謝いたします。同じ図は『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』P23 図1.7.3、図1.7.4に掲載されています。
目安というか、経験値というか、「これまで、このくらいの本数をボーリングして調べれば、問題なかったよ」というお話なんですね。
M:そうなんです。ですからこれが正しいとかではなくて、そういう経験があったという事実です。さらに言うと、いろいろな地盤があるので、やっかいな地盤だという状況が分かれば、それに応じて調査も設計も変えなきゃいけないと。
それはそうですよね。調査する位置はどのように決めるんでしょうか。
M:やはり、建物が建つところの地盤調査を優先したいんですよ。ですから建物の形によって、土地のどこを調査するかは変わります。建物の中央と端はやりたいし、L形配置の建物ならば角の部分も、地震などで揺れた際に建物の重量がかかりやすいので調べておきたい。基本的にはこれぐらいは最低やってもらいたいなと。

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建物の形状と、それに対応したボーリング調査を行う位置の例
建築面積が広くなっても理屈は同じですか。
M:位置関係は同じ理屈ですが、やっぱり広くなれば調査本数を増やさないといけませんね。地層が傾斜していたりする可能性がありますので。
とはいえ、先ほどの事例の図で見ると、「地層が変化していると想定される場合」でも、1万平米で20本、500平米に1本しか…と言ってはいけないのかもしれませんが、「そんなちょっとしかやらないの?」という感じがしますけど。パークシティLaLa横浜が、ざっくり6000平米でしたっけ、そうすると上限で15本前後か。うーん。
M:これぐらいを目安にやっているのが、今までの経験値だということになりますね。
K:これはおそらく考え方が逆で、何本でも納得のいくまで調査する、というのは、先ほどMさんも言いましたが、「工期とコストが無限なら許される」ことです。
実際には、工期もコストも厳然とあるわけで。
K:「1万平米の中をどのくらいのボーリング本数で明らかにするか」という課題と考えれば、これは、完全に工学の世界の問題で、ここからが設計者の腕なんですよ。
M:そうです。ここからが腕です。
そうか、そのために設計者の技術があるわけか。
M:例えば埋め立て地盤ですと、もともとの地盤がわりと平らだということが分かっていれば、あまり難しくなさそうに見える。ただ、埋め立てた土がしっかり圧縮されて締まっているか、あるいは、近くの山から川が流れていたようなところは、埋めて平坦になる前に傾斜している可能性もある。ところによっては、元の地盤が谷みたいに削られているところもあると。そういうところはやっぱり密に調査をやらなきゃいけない。ということで、このグラフの数字は、本当に目安の目安なんですよ。
ということなんですね。それじゃ、「『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』には、20本ボーリングしろと書いてあるから俺はこうしたよ」と言ったら、「お前はバカか」と言われてしまうということですね。
M:バカです。この本にもそれは書いてある。「これさえやれば大丈夫」というふうに見てはいけないということなんですね。
ボーリング調査本数が「決まっていない」理由
じゃあ当然、建築基準法などにもこの平米数だったら何本打ちなさいというのはない。
M:ないです。先ほど言った条文(前回参照)には「良好な地盤に達すること」と書いてあるだけなんですよ。
K:つまり、それが設計行為なんですね。
M:「良好な地盤」は、設計者が決めるわけですね。
K:設計の自由度はほとんど無限大にあるはずで、その中で、経済的に、かつ安全性をマキシマムにするようにいろいろ取捨選択するのが「設計」ですから。
なるほど。
K:ですから、基礎の設計にはいわゆる「正解」がない。同じ地盤と建物でも、設計する人が違えば違うものが出てくる。そういうイメージですね。
M:そこに設計者としての意気込みというか、やりがいがある。先ほど「面白い」と申し上げたのはそういうことです。その人の能力や経験、センスで別々の正解がある。それが、設計という行為なんですよね。
おお。
K:おそらく、ここに我々が一般の方と話すときの大きなギャップがあるんでしょう。皆さんは「ここまでは安全」「ここからは危険」という線がぴっと引かれているイメージがある。でも、実際にはグレーゾーンがばーっと広がっているのです。
我々は、「じゃあ、ここにしましょう」と、グレーゾーンの中を選ばないといけないんですけど、その場所が人によって違うわけですよ。そこに工学的な能力がそこで試されるわけですね。
どこからが安全か、それは誰も保証できない。理屈としては分かるのですが、なかなか納得しにくいところです。感情としては「誰か保証しろ」と、言いたくなってしまう。
K:「極端に言えば、工学で取り扱う問題がほとんどがグレーゾーンなんですよ」と考えることさえできると思います。
工学の全部ですか。
K:全部です。それなのにゼロ、1で、「危険・安全」で考えようとすると、話がややこしく、噛み合わなくなってしまいます。もう少し言うと、工学では、安全率をいくら高く設定したとしても、失敗する確率は0にはならないので、「そのリスクは許容しましょう」という考え方になります。何か基準値があって、その基準値が満たされていれば絶対に失敗は起こらない、ということではないのです。

記者会見の場で、質問時間も限られていれば「安全ですか」としか聞きようがない…というところもありますよね。
K:それはそうです。問題が起こったらそれは失敗ですから、ゼロ。結果が出たらゼロか1でしょう。その設計者とか施工者は非難されてしかるべきなんですけど、そうならないように、このポイントをどこで判断するかというのが我々の仕事なんです。
M:お金とか時間とかいろいろ要因はあるんですけれども、法律に規定されているというこの「良好な地盤」という意味について、それぞれのサイト(※現場のこと)、サイトで調査計画を作りながら、また建物に作用する力を想像しながら、どこにどんな杭をどこまでの深さまで設けるかを考えながら、決めていくことが基礎設計行為ということになるわけです。
基本的なことをお聞きしたいのですが、「こういう建物を建てたいな」というのが先に来て、「それを実現するにはこういう基礎が必要ですね」という話になるのが一般的でしょうか。「ここの地盤だったら、これぐらいの建物以上は建てられないよ」と、限界を先に調べた上で設計に入る、というケースもあるのでしょうか。
N:Kさん、Mさん、地盤からの要請で建物の規模が決まることってあるんですか。ほとんどないですよね。
K:ないですね。何とかするんです。

「グレーゾーン」は消せない
N:今日この中で議論は出ていませんけど、地盤改良というものもあります。例えば脆弱なところに、地盤を硬く改良して、高層マンションを建てるケースもあるんですよ。ですから用途といいますか、欲しいものが優先して検討されるのが普通です。「それでは不可能だ」という調査結果がもし出れば、その限りじゃないでしょうけれども。
なるほど。分かりやすいです。
K:不可能というのも、技術的に不可能というよりは、経済的な話になってきます。
経済的に引き合うかなということになるわけですよね。「コストをかけて地盤を改良し、杭もたくさん打てば建つことは建つけど、売れるの?」と。

M:そういうことですね。おっしゃる通りです。
地盤そのものが複雑な国土で、そこに安全に建物を建てる技術を培ってきた皆さんをして、「最終的にはグレーゾーン」というのは、一見無責任なようで、実は誠実なご回答だと思います。なんといっても、相手は「目で見えない」地面の下で。
M:しかもその地層は、建物の下だけで独立しているわけではなくて、他とつながっていて互いに影響を受けますからね。
「見えない」からこそ、何も調べず何も考えなければ、ありとあらゆる安全対策を打つしかなくなってしまう。それでは、ビジネスのテーブルに載らない。安全とコストのバランスは、まずは、設計者の技量にかかってくるわけですね。そこがちゃんと機能しているから、日本の軟弱な地盤でも建物がちゃんと建っている理由のひとつだと。
K:それと「見えない」「グレーゾーン」という前提だからこそ、すごい安全係数をかけていることを忘れないでください。
M:次は、いよいよ個別の杭と施工のお話に入りましょうか。

「タケカン」と「サラカン」が工事を回す
建物の基礎工事を基礎の基礎から・03

2015年12月9日(水)
横浜のマンションの“傾斜”問題をきちんと理解するために、エンジニアの方に、基礎工事を基礎から聞かせてもらおうというこのシリーズ。今回からテンポを上げて参ります(前回はこちら。第1回はこちら)。
地面の下は直に見ることができない。そして、日本の平野のほとんどを占める沖積平野は、場所によって地盤の状態が千差万別。
この場所にどんな基礎工事が必要なのかを知るために、ボーリングなどによる地盤調査を行うのだが、これは基本的にピンポイントのデータ。掘っていない場所について推論はできるが、地盤によっては、すぐ隣の様子が大きく異なることもあり得る。ボーリングの本数を増やすことで推論は確かさを増すが、ビジネスである以上、無限にコストと時間を費やすこともできない。
技術者は、コストと時間の制約の中で、調査を効率よく行い、安全な設計を行わねばならない。そこに、技術者のやりがいもあり、センスも問われる。「同じ場所でも、設計者によって図面は全部違うものです」と、今回お話を伺っている大手ゼネコンの技術者の方は言う。

「既製杭」と「場所打ち杭」
M:ここまで「地盤の関係」をお話ししてきましたが、ご理解いただけたでしょうか。ここからいよいよ、そのもののお話ですね。まず、杭体(読みは「くいたい」)を作る場所が大別して2種類あるのはご存じですか。
杭体、ということは、杭そのものを「作る場所」の違い? あ、すこし勉強してきました。既製品の杭を持ってくるか、現場で杭を造成するか、という話ですか。
M:そういう話です。例えば、今回の事件で使われたのは、旭化成建材が工場で作った杭体を現場に持ってくる「既製杭」というやり方です。もうひとつ、地盤の中に穴を開けて、そこに鉄筋を入れてコンクリートを流し込んで作る「場所打ち(「現場打ち」ともいう)」というやり方があるんです。
それぞれのメリットとデメリットは?
M:簡単に言いますと、既製杭は工場で作りますから品質が安定しています。場所打ちは、その場で鉄筋コンクリートの構造体を作るわけですので、杭の品質が、施工や現場の環境の影響を受ける度合いが大きくなります。
なるほど、施工期間はどうですか。
M:工事現場で作業している時間は既製杭は1日、場所打ち杭は1~2日でしょうか。ただし、場所打ちではコンクリートが固まるまで、つまり杭の完成まで時間がかかります。
工費も、既製杭のほうがかなり安い?
M:実は、工費の差をいうのは難しいところです。同じ建物を支持するために必要な杭という視点に立てば、材料・本数・現場作業・品質管理などすべて含めることになるので、同じくらいです。一昔前は、既製杭と言えば支持力が小さいので柱下に2本以上を作っていましたが、現在では場所打ち杭と同様に柱下に1本の杭で支持できる位になっています。
場所打ち杭のメリットを言えば、大きな径の場所打ち杭は玉石の混じる地盤でも施工できます。建物の柱の位置などの設計条件や地盤条件、さらには杭やコンクリートの工場からの運搬、作業員数などを総合して選択・判断しているのではないでしょうか。
大きな径の既製杭はあまり使われないんですか。
M:既製杭は工場で作ったものを現場にトレーラーなどで運ぶので、大きさ、重さに制限があるんです。あまり大きなもの、重いものは持ってこられないんですよ。
そうか、道路交通法とかにひっかかる。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/111600011/120700003/
M:そうなんですよ。だから直径は大きくても1.4メートルぐらいのものしかありません。場所打ちのコンクリートの杭は、いまや直径3メートル、杭の下の方は5メートルクラスのものもあるんですよ。これだけ太さが違うと、既製杭場所打ちとでは、全然、考え方も何も変わってくるんです。
例えば、杭の上には基礎梁や柱が接合され、構造にかかる力を杭に伝えますが、幅3メートルの柱は見たことがないでしょ。この接合部をどのように収めるか、がまず異なります。柱下に「パイルキャップ」と呼んでいるコンクリートブロックを作り、その中に杭頭部を収めます。場所打ち杭では杭断面に広がる力を中心(重心)に無理なく集められるように形状・鉄筋配置を考えます。柱下に2本以上の杭を使う既製杭では、それぞれの杭から柱中心へ集めるために、パイルキャップに梁のような役割も期待しています。次に、杭の支持力は杭下地盤の広い範囲で発揮しますので、特に大径の杭では隣り合う杭の影響を考えて支持力や沈下を考えなければなりません。施工管理のポイントも、既製杭では杭下端継手部(杭の長さを伸ばすために、杭体と杭体を接合する部分)が重要です。場所打ち杭では、加えて、コンクリートを地盤の穴の中に流し込む時間・量を丁寧に管理しなければなりません。この過程を工場で行っているのが、既製杭ですね。

復興の槌音、住宅地に嫌われる
M:あとは、をどういうふうに地盤の中に埋め込むかということなんですが、代表的なものというのは、やっぱり上から叩いて打ち込む「打撃工法」。「打込み工法」ともいいます。
ゴンゴンと地面に杭を打つ。かつての「復興の槌音」は実はこれなんですよね。でも騒音や振動が問題になって、最近はやりにくくなったんでしたっけ。
M:そうですね。でも、最近の例でいくと、東日本大震災の復興現場では、近くに人が住んでいない場合など、打込み工法で鋼管杭をゴンゴン打ち込んでいます。日本では減りましたが、いまだに世界では結構使われているんです。
なるほど。
M:そして「圧入工法」。杭頭をガンガン叩くのではなく、ぐーっと押し込むので、騒音・振動が抑えられます。でも、あまり大きな杭には使いません。普通の戸建て住宅クラスに使う、浅くて細い杭に限られます。
ですので、今では杭を「打つ」といいつつ、ほとんどが埋込みによる工事になります。「プレボーリング工法」ですね。
先に穴を掘っちゃうということですか。簡単に言うと。
M:そうですね。これが一般的です。もう1つの埋込み方法としては「中堀(読みは「なかぼり」)」という方法がありまして、これは杭を下ろしながら掘っていくという。
杭を下ろしながら掘っていく…?
施工法別実績推移

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グラフの左、平成元年度(1989年度)はまだ残っていた打撃工法(打込み杭)がすっかり減少し、圧縮時の強度が高いPHC(本文2ページ参照)製の既製杭を、先端支持力(第1回参照)を強化できる形の穴に埋め込む「プレボーリング拡大根固め工法」が主流になった。LaLa横浜で問題になっている杭もこの工法を採用している。
出典:『わかりやすい構造物基礎(社団法人地盤工学会)』P53 図-3.1 より
M:はい。工場で作る既製杭は重いと運べないので、中空、つまり円筒形になって真ん中に穴が開いているんですね。この穴の開いているところにドリル、専門用語で「オーガー」と言うんですけど、これを一緒に抱き合わせて下ろしていくんですね。
チーズちくわでいうと、ちくわがでチーズがオーガー。
M:オーガーで地盤を掘りながら、その掘りかすを杭の中空部の狭いところを通して上に上げる。杭はオーガーで広げた穴に少しずつ押し込んでいく形で入れていく。
穴を掘り終わってから杭を入れるか、掘りながらを押し込むかの違いですかね。
M:そんなところですね。これがのざっとした分類です。そうそう、既製杭自体が何でできているかの違いもありますね。これは木や鋼管から始まっていっぱいあるんですが、今の主流はPHC(Pretensioned Spun High Strength Concrete Piles・プレテンション方式遠心力高強度プレストレスコンクリートですね(参考リンク:コンクリートポール・パイル協会「製品紹介:PHC杭 」)。JIS規格で作られています。既製杭の約7割がこれです。
PHCとは、PC鋼棒というかなり強度の高い鉄の棒を少し引っ張っておいた状態でコンクリートを流し込んで、高速で回転させて密実なコンクリートにするんです(整形後に鋼棒を入れる方法もある)、コンクリートが固まってから引っ張っていた力を緩めると、鋼棒が縮んで元に戻ろうとして杭体を圧縮するので、ぎゅっと縮まる。これによってコンクリートの弱点である、小さい引っ張り強度を補い、ひび割れなどの発生を抑えるのです。

製造にはどのくらいかかるものでしょう。
M:業界の資料を見ると、3日から7日というところですね(参考:こちら)。
PHC杭にはいろいろな形状や構造があり、JISになっているものもありますし、これと違うものでも、審査機関評定を受け国土交通省大臣認定を受ければ使えます。杭のメーカー各社が自主開発をして、実験を行い、性能を確認して「こういう地盤で、こういう工法を行う場合は使ってよろしい」と認められた製品、ということになります。<.huto>
ゼネコンの調査を元に、杭メーカーが考えるのが基本
地盤が千差万別とうかがいましたが、対応するもいろいろな種類があるんですね。
M:はい。この辺の使い分けとか組み合わせというのは本当に設計者の自由ということになります。まさに設計行為です。が、一般の建築の設計者は、メーカーに勝るほどの深い知識はありません。
それはそうですね。
M:こんなことを言っては何ですけど、PHC杭は種類が多く、会社によって形状もいろいろ、特徴もいろいろですから。大抵の場合はを作っている専業の会社の方が設計の下準備を整えて、それを建築の設計者構造設計者の方が照査をして適切なものを使うというような状況が多いですね。いくつかのパターンを出してもらってという形ですかね。
なるほど。「その建物でこの地盤なら、弊社のですと、こんな感じになりますかね」とプランを持ってくる。
M:そうです。
話が戻っちゃうんですけど、その、「うちの杭を使うとこうですね」というのは、発注者がやる地質調査のデータを使って判断されるわけですよね。
M:もちろんそうです。杭のメーカーさんには、用意された地盤調査のデータを見て、設計をしていただくということで。
建物全体の基本設計図がまずあって、それを可能にするにはどうしたらいいかを調べるために、地盤調査をはじめとするデータ収集と分析が行われ、詳細設計に進み、基礎工事の計画がまとまる、と。杭メーカーさんが入るのはその後でしょうか。
M:標準的な場合、基礎工事計画を詰めないと詳細設計図ができません。作り方が決まらないので設計終了にならないわけです。設計時からメーカーなどとのやりとりは始まっていることが多いと思います。役所の確認申請を通った後、図面を見ながら「その品質を満足するにはどういうふうにやったらいいか」という計画書、「施工計画書」を作ります。この段階で、メーカーさん、施工の専業者さん、地盤改良の専門業者さんなど関係者を交えて、資料を整えて施工計画を作るということになるわけですね。
現場の管理者は、こうして作りこまれたものを正確に把握して、残すべき記録はちゃんと残す。
これだけやっておけば漏れがないですよね、という計画書を作っておくわけだ。
M:そうです。でもこれはあくまでも標準的なもの、ひな形なんですよ。当然のことながら工事が始まってみないと分からないことはたくさんあります。当初の予想と違うことも多々出てくる。先ほど(前回参照)の地盤と同じで、それぞれの条件で変わってきます。
施工計画書を厳密に守ったからいいでしょう」とは言えないんですね。
M:言えないですね。
K:設計と同じですね、ここでも現場には自由度があって、どういう方法で、どういうふうに造るかというのは施工者の判断に任されている。
M:設計者の見る視点と施工者の見る視点は、実は違うんですよね。設計者はいろいろな起こり得る事象に対して、それに対応した設計を造り込む。施工者の方はそれを実現するための手法をいろいろ考えていく。

現場の所長の仕事はクリエイティブ
施工計画書を考える、最終的な責任者はどなたになるんですか。
K:最終的には所長名です。作業所の所長名で、承認を得るので。
現場事務所の所長さんということですね。
N:ただ、の場合は先ほどお話があったように、専門の業者がその部分の施工計画書を持ってきて、それを全体の中に束ねる形で全体承認ですよね、たぶん。
N:束ねるというところで補正をして、全体を我々の方で見る。
1から10まで全部、現場監督が仕切って見ているよということではないわけですね。とにかく納期があって、使うべき技術があって、人繰りとかの段取りがあって、どういう順序で組み合わせれば、一番効率よく安全に造れるかなというのを考える方というのがいて、それは現場の所長さんだよと。
K:そうです。現場施工全体指揮するというか、デザインする。施工計画を立てるというのは、かなりクリエーティブな仕事なんですね。現場監督は、やるべき事がマニュアルで一言一句決められていて、それを淡々と実行し確認する、とか、そんなイメージではまったくない。施工計画自体も現場の状況次第でどんどん変わりますし。

なるほど。
K:その対応も含めて現場の施工技術者の腕の見せ所で、うまい下手が如実に出てくると。
M:それにプラスして、普通の工事では監理者が必ずそばにおりますので、実際にその工事を進めていく方以外の方の目で必ずチェックをするというのがこういう工事での前提条件になっています。
耳で聞くと同じなのでややこしいんですが、いわゆる「管理人さん」の「管理」と、「監理」が両方出てきますよね。
K:我々の言葉で、「タケカン」と「サラカン」ですね。
タケカンが「管理」で、サラカンが「監理」ですか。
M:ええ。まったく違う役割ですので、字を使い分けているんです。
K:タケカンと言われるのが我々ゼネコンですね。サラカンと言われるのが施主の方で。現場の作業を「管理」する我々と、それをチェックする「監理」の施主の方、となります。
M:そうですね。そこの役割も明確に分けて、チェック機構として必ずやることは当然のこと、というように施工計画の段階からやっていくと。
ちょっとややこしくなっちゃうんですけれど、ゼネコンの社内にはサラカン的な人はいないのですか。
K:います。
M:品質監理というのを専門にやっている方がいるんです。設計を経験したうえで、現場もよく知っている人がやっています。
なるほど。
施工試験を経て、ようやく着工
M:さて、過去の実績、専門業者の知見を踏まえて、基礎工事の施工計画がこれでできました。とはいえ、これはあくまで机上の計画なので、「施工試験」をやるんですよ。施工試験というのは、いわゆる試験杭と言われるものですね。試しに、施工計画通りにやってみて、ちゃんと管理できるかどうかをチェックする。どれくらいのスピードで掘削するとか、計画通りに本当に地盤支持層が出てくるかとか、そういうことを含めてやります。そのときにはもちろん、設計者監理者も立ち会います。ここまでが済んで、ようやく施工計画の立案が終わる、ということになります。
試験杭って、1本だけですか。
M:ケースによります。必ずしも1本ではないです。例えば工区がいくつか分かれているときはもちろんそれに応じてやる。いろいろな種類の杭がある場合、例えば、一番力がかかるところは大きい杭にしたり、力が余りかからない杭は小さくしたり、いろいろ種類があるわけです。そういう場合には、もちろんそれぞれで試験杭をやらなければいけない。これまた「何本」という決まりはないんです。
なるほど。設計図確認申請施工計画書の立案、施工試験を経て、これでようやく。
M:はい、その後は一応現場でのチェックも済んだということで施工に取り掛かるということになるわけですね。
実際のボーリング図の例を見てみよう
ボーリング図のサンプル

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出典は『全訂新版 ボーリング図を読む』(平井利一編著、増澤鯱男監修、理工図書) P125図10-8「ボーリング図」、下の図はP126表10-2「各杭の支持力算定結果」より。こちらは編集部で着色、加工を行っている。
今回の連載では、「同じ場所、同じ調査結果を見ても、設計者のセンス、建築物の工期、経済的な要求によって、様々な基礎工事案が考えられる」という発言が、お話をお聞きしているMさん、Kさんから何度か出ている。その例として、以下、ちょっとだけ、設計を考える技術者の“気分”を味わってみよう。ガイド役は、柔らかい書き口と豊富な実例、図版で、素人の私にとってたいへん参考になった『全訂新版 ボーリング図を読む』(平井利一編著、増澤鯱男監修、理工図書)だ(快く図版の使用を許諾していただき、感謝します。なお、同書は新版の『新・ボーリング図を読む』(平井利一、尾崎修編著)が発売されています)。
ボーリング調査で、地盤が「このようになっている」と分析した結果が上の「ボーリング図」だ。地盤の土の名前や色、特記事項、硬さ柔らかさ、その目安となる「N値」の順に左から右へ、浅いほうから深いほうへ上から下へ表記されている。具体的な注目点は、図の注釈をお読みいただきたい。いちばん右に、杭の施工プランとして、A、B、Cの3案が書き込まれている。下の図は、それぞれのプランをさらに分かりやすく模式化したもの(原図を参考に、編集部で着色・加工を行った)。
現場は、支持力がほとんど無い軟弱な地盤を16mほど掘っていくと、途中に硬い砂の層が表れる。しかし、その下にまた柔らかい砂質粘土層があり、もっと掘っていくと、再び硬い層が出てくる、という、サンドイッチのような場所だ。
プランA、B、C、どれを選ぶか
の設計案

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同書から引用すると「比較的軽い建物ならば、あえて中間層(編注:右図の薄青の部分の硬い砂層のこと)を打抜かなくても、A案のようにこの中間層で支持できそうです」となる。
中間層を打ち抜き、その下の粘土層と合わせて周辺摩擦力で支持する摩擦杭にする方法もある(B案)。が、硬い地層を打ち抜く手間を掛けるならば、さらに掘り進んで30m前から出てくる、砂礫層まで杭を到達させたほうが、確実かつ大きな支持力が期待できそうだ。これがC案。採点すると、B案はコスパが悪く×、建物によってはA案、高層建築などならC案、ということになる(なお出典書籍には、それぞれの支持力の算定表が付いている)。
同書では、仮にA案を採用するならば、このボーリング図だけを鵜呑みにせず、この中間層が厚みを持って連続しているかを追加のボーリング調査でよく調べ、十分検討するべきだ、と付記している。原図、原書には専門用語も多いが、この連載をお読みいただけている方には、大意は掴めるのではないだろうか。

電流値」は、あくまで目安のひとつです
建物の基礎工事を基礎の基礎から・04

•編集Y
2015年12月10日(木)

前回伺った、地質調査のためにボーリングを掘る場所と、さっきおっしゃった試験杭を打つ場所というのは関係ないんですか。
M:やっぱり近いところにしたいですよね。でも、試験杭を行うのはその建物にとって重要な杭のところがいいのです。仮にその建物の支持層ボーリング調査通りでなくても、掘ったところの地盤がどうなっているかが早く分かるほうが、より大事ですから。試験杭は建物の基礎を造る上での試験で、地盤調査の確認という位置付けではないということですね。
なるほど。
M:杭の施工手順はこのあともいろいろあるんですが、少しのミスも見逃さない工夫がたくさん盛り込まれているため、お話ししてもたぶん理解しにくいと思います。工法によっていろいろなんですね。ですのでちょっとはしょりまして、先ほどのプレボーリングのお話を。
ああ、先に穴を掘って。(※編注:建築関係の用語では「孔」ですが、本稿本文は「穴」で通します)
M:掘った穴はどうなると思われますか。
へ? そりゃ、穴になっているでしょう。
M:ところがですね、穴が開くと地盤って、自然に緩んで詰まってふさがれちゃうのですよ。ですので、中には比重の重い泥を混ぜた水を入れるんです。
わざわざ入れるんですか。
M:砂場で穴をただ掘っても、溝壁…穴の壁に当たる部分が崩れちゃうでしょう。なので、水に泥というか、粘土ですかね。粘土の混ざった「安定液」(「掘削液」とも言う)で穴の溝壁を安定させる。でも、時間がたつと周囲の土砂が安定液に混ざってきて劣化するので、循環させて質を維持します。
掘っただけでも、水を入れるだけでもダメ
掘っただけではだめなんですか。
M:穴の中の管理をしながら工事を進めねばならないんです。ですので、あんまり先に穴ばかりどんどん掘っても、安定液を入れておく水槽がたくさん必要ですし、掘った穴はできればその日のうちに杭体を入れて安定させたい。そういうふうに時間を管理しながら工事を進めるわけです。杭を入れる際には、「根固め」といって、支持層と杭の先端部の周りにセメントミルクを入れながら固定していきます。このタイミングや入れ方も工法によっていろいろなんですけれども。
穴を掘って、杭が入って、「よし、施工完了」となるまでってどれくらい時間がかかるものなんですか。
M:あまりかけてはいけないので、やっぱり1日で終わらせないと。
丸1日で。
M:それはくいの長さとか地盤にもいろいろよりますけれども、1日1本はやりたい。もっと早くやりたければ、機械を何台も入れて同時にやるということになるわけですね。

K:地盤同様、穴の中は見えないので、すごいしんどいんですよ。私自身は、の専門家ではないんですけど、コンクリートの性能を検証するためにを使って実験をしたことがあるんです。もう、わけが分からないです。見えないから。
そんなことはないでしょう。プレボーリングで、安定液を入れるにしても、水のないタイミングはあるんじゃないですか。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/111600011/120900004/

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場所打ち杭(現場で地面を掘り、その中に鉄筋コンクリートを造成して杭を作るやり方)」のひとつ、「アースドリル式拡底杭工法」の施工順序。工事の初期段階から、掘った穴には安定液が満たされている。杭の先端部を拡げるのは、先端支持力(第1回参照)をアップさせるため。
出典:『わかりやすい構造物基礎(社団法人地盤工学会)』P154 図-5.31

K:いえ、本当に見えません。だって穴の中は常に泥水でいっぱいなんですよ。
えっ、でも、たとえばですが、安定液を排出しながら杭を入れたり、セメントやコンクリートを打っていくんですよね。
M:杭を入れれば、もちろんその体積分は水が出ないといけません。でもその水をその辺りに散らかすわけにいかないので、バキュームで吸い上げてタンクに戻しながらくいを沈めていくということです。
K:セメント、根固めを入れるときも、基本的には置換していくんです。
M:水の中にコンクリートを打つんです。
え、そうなんですか。全部抜いてきれいにしてから打つんじゃないんですか。
M:そうすると、また溝壁が崩れちゃいますので。
うわあ、面倒くさい。
見えないからこそ、専門家の出番もやりがいもある
K:ですからもう、水の中にコンクリートを打っていくんです。
M:まともに上からコンクリートを落とすとばらばらになっちゃうので、下の方にパイプ(トレミー管)で下ろしていって、そこからコンクリートを流して打っていくと。
じわじわと、コンクリートに押されて水が上がってくるわけですか。
M:置換していくんです。
K:だから当然コンクリートを打っているところはまったく見えません。
M:分かるのは、安定液の面がどのレベルにあるか。あと、打ったコンクリートの量はいくつか。地盤がどれくらいの形で掘れているかというのはコンクリート打設前に超音波で調べます。そういうのを絡ませて見ながらやっていくと。
なるほど。杭ひとつで相当すごいことをやっていますね。
K:難しいんですよ。簡単にはできないなと思いますね。
M:学生時代から学び、この業界で何年も経験を積み、常に最新の技術情報を理解して、最適な基礎工事を行うこと、これを生き甲斐としているのが我々です。それが専門たるゆえんかなということでもありますけどね。
どことなく「穴を掘って埋めるだけ」じゃないか、くらいに思っていたようです。
M:穴を鉛直に、まっすぐ掘るだけでも大変ですよ。
K:今回の件でも、「支持層に達すると、オーガーの電流計の数値が跳ねる、跳ねない」とか言っているじゃないですか。
言っていますね。
K:穴の中を知るには、ああいう、2次的な情報しかないんです。

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10月20日の旭化成建材の記者発表資料より。写真右上の「掘削ロッド」として示されている部分がオーガーだ。
そうか、電流計の数字の変化は「支持層に当たった、ということを2次的に示しているに過ぎない」のであって、絶対ではないんですね。
K:そうなんです。見えないので、いろいろな2次情報を見ながら判断しなきゃいけない。ここが工事の最大のネックです。
M:たとえ2次情報といえども、それを集めて解釈し、適切な否かを判断する、そこに我々のやりがいがあるんですけど。
K:ものすごく難しい。だから相当やっぱり高度な知識がないと。
頭の中で、2次情報から現状をちゃんとイメージというか、組み立てる能力が。
M:そうです。穴の中は見えないけれども、例えば掘る機械は見えるわけですよ。ドリルの頭とかの動きが見えるわけです。あるいは傾斜角とか、電流値もそうなんですけど、オペレーターが操作しているところのモニターを、今は管理者もいっしょに見て、チェックしていく。
K:だからこれもまた前回同様、ゼロか1か、じゃないです。ここにも、すごいグレーゾーンがあって。みんなでチェックしながら、「ここはこうだよね」と言って確認してやっていくんです。

地面の下は、どこまでいっても推定
ボーリング調査や、試験杭での地盤の情報が「N値」として出ていて、それに相似の形でドリルの電流値が変化する。それを追っていけば、どんな地盤をいま先端が掘っているのかが分かる、そういう理屈だと思っていましたが。
M:N値は広い地盤の少ないサンプルから得た値で、(地盤の)支持性能を直接示す値ではないですし、そんなにきれいに一致するものではありません。地面の下は、どこまでいっても推定なんです。だから、何人もが経験とセンスを持ち寄り、コミュニケーションを取って、より間違いの少ないであろう結論を出す。
推定の精度は、オペレーターや管理者の知識、経験やセンスにかかっている。ということは、誰が見ても、と必ずしも同じ結論が出るとも限らない?
K:状況に依りますが、限らないです。
支持層かどうか、俺は0、1で分かる」と言ったらウソですか。
M:ウソです。そもそも、前に話したように「支持層」という地層があるわけではありませんので。
K:でも今は「0、1で分かるのに、何でやらなかったんだ」みたいな雰囲気になっています。それは大きな誤解ですね。
M:だと思いますよ。
電流値って、結局、掘っていくドリルに流れている電流の大きさなんでしたっけ。
M:穴を掘っていくときに、オーガー、まあドリルみたいなものを動かす。それにかかる抵抗が大きければ、掘り抜くためにモーターを速く回すので、電流が増えます。それを測っていくんですね。
固い地盤に当たって抵抗が大きくなれば、モーターを回す電流が大きくなっていく、ということなんですか。
M:そうなんです。
意外にシンプルですね。
M:シンプルです。だから、電流が多く流れたら支持層、という単純な話にはなりません。電流値というのは、必ずしも地盤の固さと一致するわけじゃないんです。電流値の変化の要因としては、例えば、どういうスピードで掘っていくかという、オペレーターの力のかけ方もあるんですよね。
あ、そうか。
M:思い切り早く掘ろうと思って力を入れてトルクをかければ電流値が上がるわけなんですけれども、それは地盤の硬さではなくて、掘ろうというスピードが反映されているだけですね。他にも、石や礫が多い箇所に当たれば、電流値は上がります。ですから、電流値はあまり最近は推奨されていなくて、その電流値を積分した値、「積分電流値」を使うのが標準になってきているんですよ。それだって、支持層かどうかを推定する情報の一つに過ぎません。
LaLa横浜が建った、2005年前後は…
M:たぶん電流値を使うというのはごく標準的な検査方法だったと思います。
ううむ…。
M:そして杭の施工管理に大事なのは、電流値だけではないんです。仮に電流値で判断して、支持層に届く穴を空けたとしても、それだけで設計通りの杭基礎ができたとは言えません。セメントとかの材料の質や量、あるいは温度がやっぱり適正な温度でないと固まりにくい。既製杭は長さがある程度決められているので、どうしても繋いで使う。その繋ぐところもちゃんとしたやり方でやらないと強度が出ない。あ、現場で杭をぶつけたりするのも御法度ですから、ちゃんと見ていないといけませんね。工事をすれば排水、排土も出ます。その目配りも必要です。非常にたくさんの管理項目があるんです。
特許取得の工法をどう管理するか
その管理項目を、施工記録という形でチェックをして、管理項目通りできているということを必ず残していく。その、管理結果を記録として残すということが、見えないくいをちゃんと作る保証になる、ということですね。
そういう意味では、きちんとした施工記録を残せなかった時点で、やはり大きなミスというか、施工者は自らを守る術(すべ)を失ったことになるんですね。
M:そうとも言えますが、ある意味、施工者は職人気質であると思います。「自らを守る」というより「自分はまともな杭しか作らない」という気持ちがあるのではないでしょうか。
最後に、今回のLaLa横浜で使用された「高支持力埋込み杭」についてすこしだけ。今まで説明した普通の埋込み杭をさらに高支持力にしたものということになります。いろいろな杭の会社が、自社の杭を使ってあちこちの現場で試験施工を行い、載荷試験をやって、「支持力はこれぐらいまで持ちますよ」というデータを集めて統計処理をして、国土交通省申請をして大臣が認めると、現場で使えることになるんです。
基本的な構造は先ほど言った既製杭のプレボーリングタイプとほとんど同じなんですけれども、違うのは、杭の先端に少し大きなセメントの塊を作ることです。普通の杭も先端には塊を作りますが、それよりもう少し大きなものをよく管理して作って強度も高くしてある。

塊の形は?
これも会社によっていろいろな形があって、すとんとした形に作るものもあれば、下に大きくふくらむものを作るものもありますし、杭にも工夫があって、例えば先っぽだけ節を付けるとか。こういう工法の場合、支持力はもちろんですが、独特の杭体が工場でちゃんと作れるか、実際に現場でこの杭を使うには、どういう手順で、どういう管理をして、それをどういう方が施工するか。そういう手順も含めてを審査をするんですよ。それで合格したものが特別な工法として認められると。
それが「大臣認定工法」ということですね。

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同じく記者発表の資料より。これは既製杭の工法だが、場所打ち杭のアースドリル式拡底杭工法と同じく、杭の先端部を拡げてセメントミルクを注入し、先端支持力の拡大を図っている。
M:そうです。ですので開発には大変なお金も手間も掛かっていて、その認定申請した施工工程で、既製杭の会社が自社工法と杭体をセットで売るわけです。業者の方が独自で認定を取られているので、それぞれ設計施工方法管理方法も違うため、通常、我々ゼネコンがそのまま施工管理するということはちょっとできない。なので、工事があるたびに施工業者からその情報をもらうことになるんです。
それはいわゆる「丸投げ」ではないんでしょうか?
M:それはしません。工法などに特許を取られていたとしても、我々からお客さんに渡すわけなので、丸投げしては建物全体の品質を保証できません。あり得ないと、少なくとも私は思います。
ではどうやって“管理”されるのでしょう。
M:いわゆる大臣認定の工法というものは、先方がいっぱいお金を払って作っている資料なので、全部寄越せと言われても出せるものじゃないですね。ただ、施工要領みたいな部分は必ずもらうことにしているんです。
こういうことをやりますよというのが、だいたいは分かる。
M:はい。だいたい分かる。そのだいたい分かった内容に、ここの現場用のアレンジを加えたものを見ながら、我々建設会社から、この時間で、どれくらいの深度まで掘る、そこで何々をやる、というタイムスケジュールを作るんですね。

技術は進むが、普及はまだまだ
具体的な内容は分からないけれど、工事がまともに進むなら必ずこういうことが起こる、というところで、チェックを入れるようなイメージでしょうか。
M:そうです。我々の中で「今何が進んでいるか」を理解できる形で全体の作業工程の中に落とし込んでいって、必要な管理項目に漏れがないように注意しながら、工事の実際の進み具合を重ね書きしていくんですよね。そうすると、どこで何がずれておかしくなってきたのか、というのも記録に残るようになるわけです。今ではどこの会社(ゼネコン)でもやっているはずですが、2005年当時はここまでできていたかと言われると、それはちょっと私も分かりません。たぶんこの頃にはもう、こういうアイデアはあったんだろうというふうには思います。
それにしても、地面の下が「見えない」ことに対する対策は何か開発されていないのでしょうか。
M:超音波で掘った形状を測ることを、「見えないものを見る」第一歩として実施しています。日本は地震国なので海外より高い品質の杭基礎が必要で、それを満足するための施工技術は海外に引けを取らないレベルにあります。最近のICT活用についても技術革新が行われています。が、まだ一般に普及しきれていないのが現状ですね。

あのマンションは本当に「傾いている」のか?
建物の基礎工事を基礎の基礎から・05

•編集Y
2015年12月11日(金)
この連載を通して「建築物の基礎の基礎」を聞かせていただいて思うのは、専門家の方がまさしく文字通り「地面の下のことは、掘ってみるまで分からない」と考えていることだ。地盤を直接目で見ることはできない以上、穴を掘る機械のトルク(電流値)の変動や標準貫入試験などで、「近似値」を集めて推定するしかない。
こうした近似値、二次情報には、設計者オペレーターが変われば、見方や数値も変わりかねないほどあいまいな部分がある。だから慎重に、推定と検証を重ねて、安全を確保できるように設計・施工する。そして、その際に危険なのは、「推定」が「事実」として一人歩きをすることだ。
これは、施工現場だけの話ではない。
今回の事件報道でも、どこまでが「事実」で、どこからが「推定」なのかが、いつの間にか分からなくなっている気がする。その状態で犯人捜しや原因を決めつけるのは、基礎がいいかげんな建物に住むようなものだ。いずれ、沈下や傾きが起こるかもしれない。
まずは引き続き、大手ゼネコンの技術陣の方々にお聞きしていく。そして最後に、ここまでの学びを元に、今回の問題をゼロから合理的に振り返って考えてみたい。
前回までと同様、これもあくまで「客観的な知識」としてのスタンスで教えていただきたいのですが、建物が傾く原因というのは基本的に、杭の施工不良以外には考えにくいのでしょうか?
M:そんなことないですよ。その前に、「傾斜」という言葉についてもしっかり定義しておいたほうがいいですね。建物には窓・入口など開口がたくさんあります。ですので、金庫のように「一部が下がったら建物全体が傾く」とは限りません。一部だけが沈下することもあるんです。ですから、壁にひび割れが入ったり、床が斜めになっているからといって、傾斜しているとは言えません。この場合は、「建物の一部が沈下している可能性がある」ということになります。
原因も杭の施工不良とは限りません。設計が適切でなく、構造上の原因がある場合には、建物の基礎梁がひび割れて折れたり、床が斜めになったり、又は凹むことがあります。これも「傾斜」と思われやすそうですね。地盤については、地層の傾斜、がけ地、切土・盛土の造成地のように建物の場所で支持力が変わる場合に、沈下が起きやすいです。地震時の液状化,豪雨時の地すべりなどで安定した地盤が局所的に弱化することも沈下の原因になります。
改ざん傾斜」ではありません
M:施工記録改ざん行為があった、それを認めたから(旭化成建材の)会見が開かれた、ということかもしれませんけど、ただ、「改ざん傾斜の原因」ということかどうかは分からないですよね。
分かりませんか。(編注:12月8日に国土交通省が開いた有識者委員会で、委員長の深尾精一・首都大学東京名誉教授が「データ流用施工不良の関係性は低いと考えられる」と発言している)
M:当日の記者会見の発言をよく読めば、「支持層に届いていないことが、傾斜の可能性のひとつの原因としてはあり得る」という“以上”の発言は、旭化成建材側からはなかったんじゃないですか。といいますか、それ以上のことは言えないはずです。原因を簡単に特定できるとは思えない。
K:そもそも、「傾斜」という言葉を使っていいのかどうかもわかりません。事実として判明しているのは、「建物の間で、外壁のタイル目地が2.4cmずれている」ことだけです。
その、エキスパンション(建物を繋ぐ部分)の部分のタイル目地のずれに住民の方が気づいたのが発覚のきっかけでしたが、じゃ、そもそも2センチ程度のズレは普通に起こるものでしょうか。
M:ちゃんと施工していれば、普通は考えられない。東日本大震災の影響があるので一概に言いにくいですけれど。
きちんと作れば、変形はしないものだ、と。
M:いえ、どんなに硬いものであっても力がかかれば変形するんですよ。鉄だって押せば縮むんですから。地盤もそうなんです。だから「固い地盤で支える、安全な地盤で支える」といっても、変形は必ずするんですよ。建物は造った段階から、1センチ、2センチは必ず下がるんです。そして、沈みきった状態で安定する。それ以降は下がらない。地盤によりますが、竣工時点で安定します。そのときにちゃんと、竣工図と合うように作っているんです。
そうか、地盤の変形まで読み切って造るんですね。
M:その沈み込みの変化を追うためにも、施工管理で一生懸命、測って調べるわけです。最後の状態を設計図通りのレベルに収めるためにいろいろ工夫をする。
杭は長く、深いほどいいか?
ふーむ。話が飛びますが、この現場で使われたのは旭化成建材の工場製の既製杭だから、杭の長さは規格で決まっているんでしたよね。
N:PHC杭のコンクリートポール・パイル協会のページによると、JIS標準規格で杭長は最大で15メートルとなっていますね。4メートルから15メートル、1メートル単位刻み。外径は300から1200ミリ、と書いてあります。
それで、発注された長さが足りなくて、時間が無くてそのまま使ったから支持層に届かなかったんじゃないか、という指摘も見ますが、これについては。
N:今回の件についてはお答えは出来ませんが、やはり誤解されていると思うのは、杭は長ければ長いほどいいとは限らないことです。
支持層に深く刺さるんだからいいんじゃないですか。例えば、事前の調査では15メートルだったので、杭もそれを用意した(杭種や工法によるが、杭径程度又は1メートル以上支持層に入れる)。ところが掘ってみたら、12メートルのところから支持層が出た。PHC杭は切って使うわけにはいかないけれど、でも、長い分には丈夫になるからいいか、とか。
M:そんなことはしません。地盤というのは堆積していくので、深ければ深いほど強いとは限らないんですよ。下の方の地盤が必ずしも固いわけじゃないんです。

http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/111600011/121000005/?leaf_cx
支持層にできる固い地盤に当たっても、そこから下が全部同じように固いというわけでは…
M:じゃないんです。あれはあくまでも「層」なんですよ。
あ、下に弱い層がまたあるかもしれない?
M:そうです。突き抜けてしまったらそれはそれでまずいんです。弱い層の上に固い層が堆積しても、その下は軟らかいままですから。必ずしも深ければいいというものじゃないんです(注:このあたりは第3回の最後の囲みをご参照ください)。
そうか。…杭の工事って、ものすごく難しいじゃないですか?!
M:そうですね。地盤で言えば、沖積平野の中でも、東京はまだわりと分かりやすいんですけれどもね。
人間の体以上に分かりにくい
N:さっきから話を聞いていて思ったんですが、歯の治療と似ていますよね。神経の治療なんかをするとき、ぎりぎりのところまでで神経の層を治療して、そこを充填して戻すわけで、浅すぎれば膿んだところが残っちゃって、突き抜けちゃえば上あごとか下あごに刺さっちゃうでしょうし。やっぱり適切な長さできちんとした位置に入れるのが必要ということですね。
まさに。ちょっと前に私、某医大の外科医と会っていまして、「人間の体も、開けてみるまで、正確にどこに何があるなんて分からないよ」と言っていました。
M:いや、でも人間の体はまだ分かるんですよね…。
N:少なくともレントゲンが、あるいはCTとかがあって。我々の世界でいえば、地盤を横から見る、スキャンする手法がない。
そうですね。横から見られませんもんね。で、どうするんでしょう。杭を打つ層の下に柔らかい層があったとして。
M:仮に、杭を打てそうな地盤の下が軟らかいとしたら、軟らかいなりの支持力というのを算定するんです。固い層がこれだけの厚さしかない、そこに杭をこれだけ入れたら、その力は当然、下の層にも伝わり、軟らかいから沈むだろう。その沈む量が上の建物にどれぐらい影響があるか。影響がなければそこに造ってもいいし、影響があるんだったら、もっと深いところを探って、さらに深くまで杭を入れなきゃいけない。そういうことを設計者は考えます。
なるほど。あれ、じゃあそもそも、「掘っていけば、いずれちょうどいい厚みのある固い地盤に当たって、支持層にできる」とは全然限らないということですか。
M:限らないですね。特に大阪は非常に厳しいです。
K:その際は、前にお話した摩擦杭などでなんとかならないか、とか考えます。
M:本当に地盤調査って難しいんですよ。何十メートルと掘らなきゃいけないし、しかもそれで分かるのはポイントデータなんですよね。これぐらい(と、両手で円を作る)、100ミリぐらいの穴で。土地によっては、ちょっと位置がずれたら地盤の状態が大きく違っていた、というような話もないことはないんです。
だからこそ、地盤調査の計画自体が、設計施工がうまくいくかどうかの1つの決め手になるんですよ。それをどこまで信用するかによっては、設計者、あるいは施工者がそこでまた追加で調査を入れることになりますし、そうすれば工期もコストも変わってくる。
そこまでやっても、掘ってみたら事前のデータと違っていたときにはどうするんでしょう。
M:計画通りのところで予定していた支持層がなかったら、支持層が出るところまで掘るんですけれども、あまりにも計画と違っているようだったら、設計者監理者と相談をして計画変更で調査からし直す、というのが普通の手順だと思います。施工が止まって、その辺を追加調査をやって、どうなっているか把握した上でまた設計をし直して、と。だから工期は当然延びますけれども。
延びますよね。コストもかかりますよね。
M:でも、それは想定した条件を超えているので、これはもうやむを得ないと判断するのが通常かなと。
K:それをしないとものすごいリスクですから。
理想は全杭ボーリング、それでも完璧ではない
となると、理想を言えば、予め必要なところすべてをボーリングして調査しておきたい、というお話なんでしょうか。
M:それも1つの手だと思います。ただ、それは今の状態が分かるだけなのですけどね。
今の状態がわかる「だけ」とは?
M:建物を造ったときにかかってくる力に応じてどのぐらいの性能があるかというのを見るのは、敷地の中の地盤構成がほぼ完全に掴めたにしても、その周りの土地からの影響が避けられませんから、やはりグレーゾーンは残ります。
どういうことでしょう。具体例で教えていただけますか。
M:例えば、自分の敷地の隣がすぐ傾斜地で高いところに建物がある、なんていう場合には、隣の建物がけっこう重かったらどうなるかが心配です。自分の敷地で地盤を掘れば隣の建物が沈下するし,豪雨があれば自分の敷地に土砂が流れ込む危険があるからです。軟弱地盤で杭を設置していればそのような危険は軽減されますが、先様が杭基礎かどうかは分かりません。

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「パークシティLaLa横浜」の現地に行ってみたところ、北側のすぐそばに小高い丘があった(写真左、LaLa横浜の前の歩道から見上げたところ)。登ってみると、かなりの急斜面(写真中)。頂上の高さは4階建てのマンションの屋上が見えるくらいで、LaLa横浜と、一体開発のショッピングモール「ららぽーと横浜」が一望できた(写真右。写真左の撮影場所から見上げた位置にあたる)。LaLa横浜とららぽーと横浜は、鶴見川の氾濫で運ばれた新しい土砂が積もった上に建ち、川に削られずに残った丘がすぐそばにあるわけだ。丘には写真の通り、いくつもマンションが建っていた。
でも、隣の土地をボーリング調査させてくれと言っても。
M:なかなか難しいでしょうね。なので、ここはあまり端には建物を造らないとか、そういうことを考えるわけですよ。
やっと分かってきました。グレーゾーンを潰そうとしても、地盤は果てなく繋がっている以上、どこまでいったって切りのない話なのですね。
M:そうですね。ただ、1つの解決方法として、少なくともの位置だけでも調査をしておけば、というのはあると思うんですよ。これが業界の一般的な意見かどうかはちょっと分かりませんけれども。
K:あと、あらゆるところでやっぱり「勘」は大事です。
M:ああ、勘ね。「何か、これ、やばいよね」って気づく。
経験の蓄積から生まれた、違和感センサーみたいなものですね。
K:その感覚を培うには、現場経験がやっぱり大事です。
N:そして、この業界でいえば、そういう専門の知識を持った技能者がどんどん今、減ってきている状態ですので、今、Kが申し上げた勘の部分というのは、何かの形できちんと伝承して伝えていかないと、もうどこもあっぷあっぷしているわけですよ。
安全に結びつかない「書類仕事」が増えている
自分を省みて、他人事ではないと思います。この連載にもいくつもの異なる業界、たとえば自動車業界や化学業界の方から「我々の世界でも同じ事が起こっている」というコメントやメッセージをいただきました。
K:たぶん建築に限らず、そして日本全体が同じ問題ではないかと思います。
それを単純に、モラルの問題と考え、ルールの厳密化とチェックリストだけで解消できるかというと、なかなか難しいのでは…。
K:建築の現場でもまったく同じですよ、監督が、作業を見る暇が無いくらい書類作成に追われていたりしますから。
これは、書類の「偽装」を弁護するために言うのではないですよ。それは許されないことです。一方、さっきも申し上げましたが、「ゼロか1か」、危険か安全かがハッキリ色分けできるという発想での管理は、「書類だけ作っておけばいい」、そして「書類が整っているから安全だ」みたいな思考を生み出す話ではあるんですよね。とはいえ、これでまた現場では、書く書類が増えるのはもう間違いないです。
M:間違いなく増えますね。本来の「書類仕事」は、「この件では、グレーゾーンをどこからどこまでと判断して、その中でこういう理由で、この日にこういう作業を誰々が行った」、ということを書類で残す。そうすれば、作業者自身にとっても、自分の仕事に後から問題が発生した際の“保険”になるし、何より、万一の際に原因や対策が取りやすくなる。だけど、単なるチェックリストになってしまえば、「チェックがしてあるので安全と思いました」という発想を生んでしまいかねないですね。地盤はどこまでいっても「分からない」という前提が崩れてしまう。
徒に不安にならないでほしい
「分からない」と思わなくなることが、最も怖いわけですね。一方で「分からない」と言われては、万一の事態が自分に起こりうるのでは、と不安になる人も多い。
M:そうならないように、我々は日々最善を尽くしているわけです。
今回お話ししたように、建物にとって大切な基礎を担うの施工には、グレーゾーンが多いことから、持ちうる技術や、施工時に得られる様々な情報を最大限に活用し、かつ、細心の注意を払って施工しています。
それでも、今回の事故のようなこと――原因はまだ不明と思いますが――が起こってしまう。それは大変残念なことですが、一方で、殆どの物件ではそのような事故は起こっておらず、安心してご利用いただいているのも事実です。
繰り返しになりますが、グレーゾーンが多いことは間違いありません。ですが、それを踏まえた上で、高い安全率をもって我々は施工に臨んでいる。そのこともまた、事実だとわかっていただければと思います。

ご紹介できなかったお話は山のようにあり、後日、資料を読み込んで驚いたことも同じく山のようにあるのだが、今回のシリーズはとりあえずここまでとしたい。
地盤調査、基礎工事の基礎の基礎を学ばせていただいたうえで、改めて今回の事件を見直すと、我ながらずいぶんと視界が変わっている。お話を聞き、記事を書いた後は、たとえば弊社の建築雑誌の「日経アーキクチュア」の記事が面白いようにすらすら読める。また、ネットで情報を集めていても、「既製杭の問題なのに、略図が現場打ちになっている。これは、ちゃんと分かっていないのでは」などと、生意気にも思うようになった。
その上で、考えたことは以下の通りだ。
まず、今回のインタビューでも伺ったし、先に日経アーキテクチュアの高市清治記者が指摘しているのだが「データ改ざん」=「傾斜」と直結するわけにはいかない、ということだ。現状では、の工事不良はいくつかある可能性のひとつだ。
そして、「地盤のことは簡単には分からない」ということを頭に入れて、改めて当事者の発言を見直すと、この事態そのものについて、思っていたほど「ゼロか1か」の、断定的な発言をしていないことに気づく。
ゼロから聞き直してみるべきだろう。改めて、今回の経緯を横浜市の建築指導部建築安全課に問い合わせてみた。
「傾いている」と言ったことはない、と横浜市
同課の石井保担当課長は「傾いている、とか、沈下、という表現を我々が使ったことは一度もない」と、「ズレ」という表現が「傾斜マンション」に報道の中で変わっていったと指摘する。
8月20日に住民の方から依頼があり、現地に行った。10階のウェストコートと、センターコートの渡り廊下が、直角につながる場所を「この箇所です」と示され、「以前は手すりがゾロ(両方が揃った高さ)だったんですか」と聞くと「さあ…」。竣工時の状態を知る人がいない、ということで、確かに最大で2cmの「ズレ」はあったけれど、下がったかどうかは分からなかった。
このため我々からは10月20日に「目地のズレがあった」という発表になった。このときには「傾斜」「沈下」はもちろん「下がった」という言葉も使っていないが、報道で一人歩きして「傾斜」となっている。
建築指導部建築安全課・石井保担当課長(談)
さらに石井課長によれば、9月15日に三井不動産レジデンシャル、三井住友建設が市に対して行った報告も、「『杭の6本が支持層未達、2本は根入れ不足の“可能性が高い”』ということでした」(“”は編集部)という。同じ事のように聞こえるのだが、実は横浜市の認識でも、杭による沈下が目地のズレの原因、と決めつけてはいない。
なぜ「目地のズレ」=「傾斜」=「杭工事の偽装」と、ゼロか1かの「1」に繋がっていったかといえば、それは10月20日の旭化成建材の記者発表のためだと思われる。会見では、同社社長の前田富弘氏が「杭の建物の影響ということで、ウェストコートの杭のうち8本が不健全であると推定をしています。そのうち6本が支持層に未達、2本が支持層に到達しているものの、支持層への差込が不十分であると推定しております」と、発言しているうえ、「杭の建物への影響」という表題を付けた資料を配付している。見直せばここでも「推定されること」としているのだが、メディア側は完全に「1」、つまり、傾斜は杭の責任と認めた、と受け止めた。「謝罪会見」でこのコメントと資料を出した以上、そうなることは旭化成建材側も分かっていたはずだ。

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ところが、11月2日に旭化成が、旭化成建材の日本中の杭の調査結果を報告するために開いた記者会見では、「(LaLa横浜の)杭は(支持層に)届いているかもしれない」と、同社副社長の平居正仁氏らが繰り返し発言する。自社で調査を行いたいと三井住友建設に打診しているが、マンション住民や三井不レジに了承を取るよう言われ、進展がない、というのだ。これは不可解だ。横浜市に両社が説明に行く前に、旭化成建材は説明資料を見ているはずで、その結果に納得したからこそ、10月20日、自らの発表資料にその内容を盛り込んだのではないのか?
「杭が生きてるか、死んでるか、それが全てなんです。そこをはっきりさせない限り、今の話が食い違うのは、まさにそこが届いてないと思ってらっしゃる。われわれは誤認であって、斜めに入ってるかもしれないし、なんか違うものに刺さってるかもしれないと思ってます。そこを確認したいんです」
(2015年11月3日、旭化成の記者会見で、旭化成副社長執行役員・平居正仁氏の発言)
そもそも、9月15日に三井不レジと三井住友建設が横浜市に示した資料はどのようなものなのか。
石井担当課長によれば「両者が住民の方の要求を受けて、6~7月にかけ、ボーリング調査、ラムサウンディング調査を行った。8月下旬から9月上旬にかけ調査を行い、スウェーデン式サウンディング調査もそのとき行っている。予想される断面図も含めた調査資料とともに説明を受けた」という。以下は、石井課長との一問一答だ。
問題の杭と同じ深さまで、杭のそばにボーリング調査が行われたという理解でいいでしょうか。
石井課長:いいと思います。
客観的に納得できる資料だったということですか。
石井課長:そうですね。
ボーリング調査、ラムサウンディング調査の本数は?
石井課長:ボーリングの本数が1本、ラムサウンディング2本、スウエーデン式サウンディング11本です。
記者会見では旭化成建材側が「新たに調査をしたい」と言っていますが。
石井課長:拒否する理由もありませんし、調査を市に申請する必要もないのです。仮に申し出が市へあったとしても、その申し出を市が受け、市から事業主にその申し出を伝え、事業主が住民の管理組合と調整することになると思います。
その資料の公開はできませんか。
石井課長:公開はできません。横浜市の保有する情報の公開に関する条例第7条第2項第3号イの、「公にしないとの条件で法人から任意に提供されたもの」であり、開示することにより、情報提供が行われなくなるなど事業の適正な執行に影響を及ぼすおそれがあるため、また、当該法人等の社会的評価、社会的活動の自由等が損なわれるおそれがあるため、です。
「スウェーデン式サウンディング」「ラムサウンディング」は、比較的浅い深度向けの調査で、大規模建築物の杭基礎のための地盤調査には補完的なものとされる(『建築基礎設計のための地盤調査指針』P.37など)。これについてM氏にお聞きしたところ「もちろん、ボーリング調査を杭のそばに行うのが理想的です。しかし、すでに建築物が完成し、住民の方がいる以上、櫓を組んで行うボーリング調査は事実上不可能でしょう。現状で行える調査として、小規模な設備と場所で済むやり方を採った、ということだと推測できます」とのことだった。

「地面の下のことは基本的に分からない」という専門家の声を皆さんにお伝えし、その条件下で、安全な建物を経済的に建てるための調査と工事がどう行われているかについて、長々と書かせていただいた。
地盤調査は「数字を見て、再計算すればちゃんと確認できる」、というものではなく、正解がわからない「見る人によって違いが出てくる」、ということが、浅い理解だが、自分なりに納得できた。
杭は届いているのかもしれない
だからなのかもしれないが、今の自分には、事件の渦中にある旭化成建材側が「せめて、自分自身の手で納得できる調査をしたい」と考えるのは、自然なことのように思える。とはいえ、再調査より先に、まず、三井不レジと三井住友建設が、横浜市に提示した資料を自主的に公開するところから、今回の事件の分析を始めるべきではないだろうか。それを、専門家の衆知にゆだねて、必要ならば再調査を行い、見えない地盤の下で何が起こったのかの推定を進めるべきだ。
調査結果が客観的には明らかではない現状は、「原因は杭以外のことかもしれない」し、もしかしたら「杭は届いているかもしれない」し、さらに言えば「マンションは傾いてはいない」のかもしれないのだ。

今回の主な参考資料
門外漢である「建築物の基礎工事」のお話をかみ砕くために、数々の図書、資料に当たった。残念ながらどれも正直言って斜め読みで、内容が掴めたとはおこがましくてとても言えない。それでも、比較的読みやすく、理解の助けになった図書を、ご参考までに紹介しておきたい。

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■『わかりやすい構造物基礎』(地盤工学会)
この分野に携わる方向けの、いわゆる入門書。専門的な内容も多いが、地学的、歴史的なバックグラウンドも丁寧に紐解いてくれる。入り口からハードな部分まで、どれか1冊で知りたい、ということなら間違いなくおすすめ。

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■『役立つ! 地盤リスクの知識』(同上)
「そんなにグレーゾーンがあるなら、ビジネス上のリスクはどうなるんだろう」と考えて手に取った。リスクマネジメントを正面から論じているが、読み物的な部分も多く、門外漢でも通読できる。実例も多く収録し、調査設計施工/施主の各パートの密接なコミュニケーションが、リスク回避の最大の手法だと納得させてくれる。
このほかのおもな参考図書は以下の通り。
•『建築技術者のためのJASS4 杭工事Q&A』(日本建築学会)
•『建築基礎設計のための地盤調査計画指針』(同)←大変参考になりました
•『建築基礎構造設計指針』(同)
•『建築工事標準仕様書・同解説 JASS3 JASS4』(同)
•『2015年版 建築物の構造関係技術基準解説書』 (建築研究所 監修、 国土交通省住宅局建築指導課 編集)

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『絵で見るちからとかたち』(日本建築学会、丸善)←今回のテーマに直接関係しませんが、これはおもしろい!
最後になってしまいましたが、力不足の記事に励ましのコメントをいただいた読者の皆様に、この程度に終わってしまったお詫びも申し上げたい。そしてなにより、長時間お付き合い頂いた大手ゼネコンのMさん、Kさん、Nさんに深く感謝したい。実名・社名入りで「当たり前のことを、普通に発言できる」ような状況になることを、心から祈っています。

大変参考になる記事でした。玄人でもここまで分かりやすく纏まるかどうか?これを一歩進めて頂いて、建設産業の闇に食い込んで頂ければと思います。

無断転載しておりますが、あくまでもインターネット魚拓的な意味合い、及び私的な勉強資料としてです。且つ、誤解があるといけないので、原文そのままを載せています。営利を目的としているものではありません。

文責 釈迦牟尼仏(ミクルベ) 建太

次回に続く(杭データ改ざん事件160106

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